「住み込みなら、部屋を用意しなくっちゃね。ちょっと待ってて。店の品物とか、見ててくれて構わないから」
店主のティナは、そう言い残すと階段を上がっていった。
リームはまだ少し緊張した面持ちで品物を眺めはじめた。ほうきがひとつ銅貨3枚。普通の値段だ。キラキラした銀の細工と赤い宝石のようなものがついた髪飾りに金貨50枚と値札がついているのは、普通の値段なのかどうなのか想像もつかない。というか、そんなものが鍋やらほうきやらと一緒に並んでて良いものなのだろうか。
しばらくすると、2階からガタンッゴトンッと何かを動かす物音が聞こえ始めた。
ああ、部屋を用意してくれてるんだな~と思っていたのだが、バキバキバキッという破壊音やら、ズシンッという重い音やら、パシュンッ!という破裂音やらという、部屋の模様替えにしてはあり得ない物音が聞こえてくるのは何故だろうか。
リームはいっそ今のうちに逃げてしまったほうが身の安全のためではなかろうかと、本気で考え始めていた。
「おまたせ~、どうぞ、まだ必要最低限のものしかないけど、何か足りないものがあったら言ってくれればいいから」
ティナが笑顔で下りてきたため脱走計画は儚く消え、リームもありがとうございますーと乾いた愛想笑いを浮かべながら案内されるままに2階へと上がっていくことになった。
* * *
雑貨屋の2階は部屋が2つあり、階段を上がって廊下の突き当りが店主のティナの部屋、右の扉がリームの部屋になるらしい。
リームの部屋には清潔なシーツのかかったベッド、3段の棚とカゴ、小さな書き物机まであった。自分のものを提供してくれたのか、それとも売り物だったのだろうか。急に住み込みが決まったにしては揃いすぎていた。
「あと、私の部屋には立ち入り禁止だからね。まぁ鍵かかってるから入れないと思うけど。用事があったらノックするより、呼び鈴を鳴らして。あれ、魔法具だから、コレとつながってるの」
ティナが示したのは片耳のイヤリングだった。よく見ると呼び鈴と似たような装飾が施してある。
「店主さんは魔法士なんですか?」
「ティナでいいよ。ま、ちょっと魔法の心得があるのは確かね。……逆に聞くけど、リームって魔法士に追われるおぼえはあるの?」
「えっ!?」
驚くリームをよそに、ティナは開いている木窓の外に視線を向けた。ヂヂッと何か音が聞こえて、窓の外に手のひらより少し小さい大きさの光の球が浮かぶ。ティナが窓に近づくと、その光の球はフッと消えた。
「あ、逃げられた。んー、まぁリームの身におぼえがないなら、私の関係者かもしれないし? あんまり気にしなくていーわよ」
「そうですか……」
身におぼえがないわけでもないリームは、曖昧にうなずくしかなかった。
魔法士を雇ってまで自分を追うような相手なのだろうか? よく分からない。正直、相手のことを全く知らないままに逃げてきたのだから。
そんなリームの様子に気づいているのかいないのか、ティナは荷物を置いたら下に来てねと言うと、先に店に下りていった。
リームは部屋の窓から外を眺める。通りとは逆側の、裏口に面した小さな庭と小道が見える。穏やかな春の街並み――魔法の影は見えないし、あったとしてもリームに見るすべはないのだった。
* * *
「やってほしいのは、とにかく店番ね。値段は商品につけてあるし、適当にオマケしてあげてもいいから。さっきみたいに返品の客が来たら、お金返してあげて。それでも店主を呼べっていうようだったら呼び鈴鳴らしてちょうだい」
「それで、結局さっきの壷って、魔法具だったんですか?」
「うーん、魔法具というか……不良品?」
不良品で壷に入れた塩が水に変わるのだろうか。
突っ込んで聞くといろいろ問題がありそうだったので、リームはあえて聞かないことにした。
「計算はできるよね? 計算器もここにあるから。他に何か分からないことはある?」
「ええと、触ったら危ないモノとか、ありますか?」
「武器とか刃物とか……あとはないはずよ」
ないはずって何、はずって!
不安そうなリームに、ティナは明るい笑顔で力強く言った。
「大丈夫だから!」
と。
こうしてティナは2階へ上がり、店にはリームが残された。一体ティナは2階で何をやっているのだろう? 特に上から物音は聞こえない。通りを歩く人の足音、たまに通る馬車の音、そんな音だけが狭い雑貨屋に響く。
リームが雑貨屋に着いたのは昼過ぎだった。カウンターの内側の椅子に腰掛けて計算器をいじってみたり、店内をぐるっとまわって目に付いた品物をおそるおそる触ってみたり。
――結局、それから1人も客は来なかったのだった。
「お疲れ様、リーム。そろそろ店仕舞いにしましょ」
「はい。えーと、お客さんは来なかったです」
「そっかー。暇なのよねぇ困ったことに」
ティナはゆるく首を振りながら溜息をついた。裏口から野菜と腸詰を挟んだパンとキノコと卵のスープ、ミルクを2人分持ってきてカウンターに置く。店が暇だというのに、わりと良い夕食だ。まぁ店に置いてあるアクセサリーのひとつが値札通りの値段で売れたなら、数ヶ月食うに困らないだろうけれど。
「……あれ、ティナは食事前のお祈りしないんですか」
「あぁ、えーと……ほら、私、ライゼール国出身なのよ。精霊派<エレメンツ>なの」
クロムベルク王国は真神派<フォーシーズ>が多数を占める。が、先王が光神派<エンジェラス>であったことや王妃が来てから竜神派<ドラニーズ>が増えたこともあり、宗教の違いにはとても寛容だった。
リームもティナの言葉にすぐ納得し、自身はいつも通り祈りの言葉を済ませて食事を始める。神殿の規律は嫌いだったが、信仰心がないわけではなかった。そんなリームの横でティナは微妙に居心地悪そうにしていた。
夕食を食べながらそれとなく聞いてみる。
「あの。噂なんですけど……ここで買った鉄鍋が燃えたって聞いて」
「あー、そんなこともあったねぇ」
「窓辺に置いてあった置物が融けたとか」
「そうそう。日に当たるとダメだったらしいの」
「…………」
こともなげに肯定する店主に、リームは現実逃避したくなってしまった。
「いやあ、これでも私、自分が変だって自覚はあるのよ」
「あるんですか!?」
「うん。でも変なものは変だから仕方がないじゃない? リームもあまり気にしないで」
それは無理です、と即答したかったが、その前に脱力してしまった。
「あのぅ……せめて商品の仕入先に文句を言うとか、仕入先を変えるとか、しないんですか? そもそも専門店がそろってるこんな大きな街で雑貨屋っていうのが問題ある気がするんですけど」
「リームって賢いのねー。ちゃんと学校行ってたんだ? でも私は雑貨屋がやりたいの。何でも用意できなきゃダメなのよ」
何か含みのある微笑向けられて、リームはそれ以上何も言えなくなる。どこか重さを感じる微笑みを浮かべたティナは、最初の印象よりもずっと大人びて見えた。
なのでシーン別に区切って、とりあえず書いてみたいと思います。
で、設定する必要が出てきたらその都度考えると。
……こんなふうに見切り発車してるからいつも終わらないんだよなぁと思いますがーw
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(意外と普通なんだ……)
その雑貨屋を見つけたとき、一番最初にリームは思った。
街の中心を走る石畳の道の、両脇に並ぶ商店がまばらになってきた所。
木の戸がついた窓は開けられていて、店内のテーブルに商品が並んでいるのが見える。
窓の隣の入り口の上には、青地に黄色の飾り文字の看板が掛けられていた。
『雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ』と。
* * *
「あんまり……というか、全っ然おすすめできないんだけどね、お嬢ちゃん」
特注であろう大きさの神官服をまとった恰幅のいい中年女性は、働き手募集の張り紙を見せながら言った。
「雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ、手伝い募集。リゼラー通りの端にある店さ。お嬢ちゃんみたいな子供ができる仕事っていったら、これぐらいしかないねぇ」
しかも、と、中年女性は意味ありげな視線でリームを見た。リームは思わず目線をそらす。
「身元がハッキリしない上に、住み込みで働きたいときた。できる仕事があったほうが奇跡だね。んまあ、アタシも神官の端くれ、深いことは聞かないけどさ。王都に近いからって、家出少女が安全に暮らせるほど治安が良いと思っちゃあ間違いだよ。……本当に、神殿で働くのはイヤなんだね?」
「イヤです」
キッパリと即座にリームは断言した。
掃除でも皿洗いでも力仕事でも何でもやるつもりでいたが、神殿だけはいやだった。あんなに規律の厳しい場所にいるのはもうこりごりだ。
実はこうやって神殿に立ち寄るのも気が引けたのだが、神殿が街の仕事斡旋所を担っているのだから仕方がない。さすがにリームでも1つ1つ商店や宿をまわって働き口を探そうとは思わなかった。
「そうかい。じゃあ、この紹介状を店に持っていきな。若い女主人だから気兼ねなく話せるだろうよ。ただ……いや、聞かないほうがいいかもしれないねぇ」
「な、なんなんですか? 気になるじゃないですか。そこまで言ったなら話してくださいよ!」
「ま、噂なんだけどね。いろいろとヘンな店なんだよ、ここは」
「変って……どんなふうに?」
「買った商品がいつのまにか融けた、とか、2階から怪しい閃光や爆発音が聞こえる、とか。店主が魔法士だろうってのは想像がつくんだがね。それにしたって、おかしなことが多すぎるのさ」
眉をひそめるリームに、中年女性は責任逃れの愛想笑いを浮かべつつ言った。
「まぁ、何かあったら神殿に戻ってくれば大丈夫さ。お嬢ちゃんに王妃様と神々の加護があらんことを!」
* * *
春らしい暖かな日差し、薄い雲の浮かぶ空。雲よりも速く、何かが太陽の前を横切った。
この国の住民はそんな時、笑顔で空を見上げる。
青い空を横切る黒い影。漆黒の鱗を春の日差しにきらめかせた、竜。
クロムベルク王国を『黒竜に守護された国』と言わしめるその存在は、18年前にこの国の王子と結ばれた現王妃の真の姿だ。
国民は親愛の眼差しで王国の守護者を見上げ、ときに祈る。
「雑貨屋で怪しい魔法実験の材料にされませんように……雇い主が良い人でありますように」
そんな願いを王妃様が叶えてくれるとは到底思えなくても、とりあえず祈ってしまうのは、幼いころから染み付いた習慣なのか。
神殿でもらった紹介状を握り締め、全財産である荷物ひとつを抱えて向かうは不思議な――むしろ怪しい雑貨屋。
通りに立ち並ぶ商店でその雑貨屋の話を聞いてみたが、どれもこれも神殿での話を裏付けるものばかりだった。
火にかけたら燃えてしまう鉄鍋が存在するなど信じられないが、これだけ噂があると完全な作り話ではないような気がしてきてしまう。
そんな話を聞いてきたものだから、もっといかにも怪しげな、魔法オババが出てきそうな店を想像していたのだ。
いざ来てみれば、他の店と変わらない外観で。
開いた窓から見える店内も、そこに並ぶ品々も、外から見る限りではいたって普通だ。少し雑多な印象はあるが、専門の品を売る店がほとんどの街において雑貨屋を名乗るぐらいだから仕方ないのかもしれない。
もう一度看板の名前と紹介状に書いてある名前を確かめて、リームは祈りの言葉を呟くと、意を決して店の中へ入った。
大して広くない店内は、窓は1つしかないが、魔法の明かりがいくつか天井付近に浮いているので十分明るかった。
中央に大きなテーブルがひとつと、壁にそって棚や台がいくつかあり、そのテーブルにも棚にも台にも、所狭しと商品が並んでいる。そして一番奥にカウンターがあるのだが、今は無人だ。カウンターの向こうに2階への階段と裏口の扉が見えるので、そのどちらかに店主はいるのだろうか。
「すみませーん……」
小声で呟いてみても聞こえるはずはない。そろそろと店内を奥へすすむリーム。横目で商品を見るが、見た目に融けそうとか爆発しそうとか、そういう印象は受けない、いたって普通の商品だ。
ただやけに幅広い品揃えではある。鍋やまな板、包丁から調味料、小物入れ、袋、ほうき。生活必需品だけでなく、アクセサリーや果ては鎧や武器まで並んでいた。
カウンターには、美しい細工の呼び鈴が置いてあった。傍に置いてある紙に『御用の方は鳴らしてください』と書いてある。公用語の他にリームの読めない文字が数種類書いてあり、文字が読めない人のためか、呼び鈴を鳴らす絵まで描いてあった。
リームはしばらくじっとその呼び鈴を見て、階段の上と裏口、そしてもう一度店内を見回すと、思い切って呼び鈴を鳴らした。
チリンチリィーーン
澄んだ音色が店内に響く。一瞬の間があり、ぱたぱたと2階から足音が聞こえた。予想していたはずなのに心臓がどきんと鳴り、思わず半歩下がってしまう。
「おまたせしましたー! いかがなさいますか? 何かお探しでしょうかー?」
営業スマイルで階段を下りてきたのは、話に聞いていた通り若い女性だった。17~8歳ぐらいだろうか、長い金髪を高い位置でひとつに結っている。もうすこし魔法士っぽい格好を予想していたのだが、どこにでもいそうな動きやすい服装だった。そうだ、もしかしたら、この人は手伝いで店主ではないかもしれない。
「あ、あの、私は客じゃなくて……実は神殿で」
バタンッ!!
話し始めたその時、店の扉が音をたてて開いた。リームが思わず振り向くと、ヒゲ面のオヤジがしかめっ面をしてずかずかと入ってきた。
「おうおう、ちょっとこの店の主人を出してもらおーじゃねえか!」
「この店の主は私ですけれど、どうかされましたか?」
金髪の女性が答えた。あ、店主だったんだ、と思いつつリームはカウンターから後ずさりながら成り行きを見守る。
「どうかされましたかじゃねーんだよ。この壷を見てくんな! 3日前にココで買った壷さ。塩入れにしようと思ってな、入れてみたらほらコレだ! 俺の塩はどこへいったんだ!?」
オヤジが持ってきた壷の中は、水しか入ってなかった。塩辛い水ではなく、真水だとオヤジは言う。
「あー、それ水入れって書いて売ってた気がするんですが……」
「壷は壷だろ、どう使おうがこっちの買ってだろーが! 魔法の品ならそう書いておけってんだよ!」
「いやそういうわけでも……ええと、こちらの手違いで、誠に申し訳ございません。なくなった塩の分も含めまして、代金はお返ししますので……」
「あったりめぇよ! もう二度とこんな店で買うか!」
店主が銀貨を渡すと、オヤジは入ってきたのと同じようにバタンッと扉を鳴らして店を出て行った。
残されたリームと店主の間に、微妙な沈黙が落ちる。
「ご、ごめんなさいね。それで、なんだっけ?」
いそいそとオヤジの残していった水の壷をカウンターの内側にしまいつつ、店主はリームに話しかけた。
やっぱりこの店で働くのはやめたほうがいいのかも、とリームはすごく思ったのだが、そうすると神殿で働くしかなくなる。神殿の規律はイヤだったし、何より神殿同士の繋がりでもっとイヤな場所から使いが来る可能性もあった。そんなことになったら、ひとりでここまで来た意味がなくなってしまう。
「私……リームっていいます。神殿から仕事の紹介状をもらってきました。ここで働かせてください」
一息にそれだけ言うと、リームは店主に紹介状を突き出した。
「あぁ、そういえば随分前に募集出してたのよね。んー、まぁ年齢の指定はつけなかったけど……リーム、あなたいくつ?」
「12歳です」
ちょっと1歳サバ読んでみた。どうせ確実な誕生日は分からないのだから、嘘にもならないだろう。
「で、公用語の読み書きはできる、と。……住み込み希望? 家族は?」
「いません。だから働き口を探してるんです」
「ふうん……」
店主は思案顔で紹介状とリームを見比べた。孤児にしてはリームの身なりは清潔だったし、ひと抱えとはいえ荷物もあった。事故か何かで家族を失ったのだろうか。
「いいわよ、雇いましょう。私は店主のティナ・ライヴァート。よろしくね」
カウンターごしに差し出された手を握り、リームの不思議な雑貨屋での生活が始まったのだった。