忍者ブログ
散らかった机の上
ライトファンタジー小説になるといいなのネタ帳&落書き帳
Admin / Write
2024/05/06 (Mon) 02:15
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2013/07/20 (Sat) 01:33
■雑貨屋の『不思議』

「ティナ、お待たせしました! ちゃんと見つけましたよっ」
 得意げな顔をして執務室に入ってきたのはリームだった。右手には金属の輪でできた魔法具を持っている。
 中庭の端から端まで、少しずつ移動しながら周囲のフィードをじっくり観察して、やっと見つけ出したのだ。黄と緑と青のフィードがふわりと混ざりあいながら流れるバラの生垣の中、規則正しく輪を描く金朱色のフィード。生垣に手を突っ込んで取り出して、刻まれた魔法文字を読んでみたが、まだ仕組みは全然分からなかった。それでも無事見つけたのだから課題はクリアだ。
「おー、すごいじゃない。やったわね」
「えへへ、ティナが教えてくれたおかげですっ」
 リームの後に続いて、ミハレットが納得いかない表情で入ってきた。
「師匠、すみません! 今回は油断しました! がっ! 次こそは! オレが先に見つけてやりますっ!!!」
「そうかそうか、まぁがんばれよ」
 ラングリーはかなり適当に応じるが、ミハレットはそれでも嬉しいらしい。キラキラした瞳で真っ直ぐラングリーを見て、はいっと元気に返事をした。

           *          *           *

 雑貨屋に帰宅したのはすっかり暗くなった八の刻だった。空間移動の紫色の光が消えて、ティナが天井付近の魔法具を見上げると、ふっと魔法の明かりが店内を照らした。リームが明かりをつける時は〈小さき光〉の呪文を唱えるのだが、ティナは呪文を使わない。ティナのイヤリングにはどれだけの量の呪文が組み込まれているのだろうか。
「お腹すいたでしょ? 晩御飯用意するね」
「あっ、ティナ、私も手伝います!」
 二人でカウンター裏手の台所へむかう。リームが〈灯の火〉でかまどに火をつけ、ティナが食糧庫を覗いて芋と卵を出した。
「リーム、これ切っておいてくれる? 確かハーブもあったはず……」
「はい、分かりました」
 ティナが戸棚を探している間に、リームは水甕から水を汲んで芋を洗い、包丁で皮をむきはじめる。
 と、リームは眼をまるくして手を止めた。本来なら白いはずの芋の中身が鮮やかなオレンジ色をしていたのだ。
「あれ? なんかこのお芋変わってますね。中、オレンジ色ですよ。初めて見ました」
「あ、ほんとだ。失敗したなー。でも食べられるんじゃない?」
「うーん、どうでしょう……」
 リームは芋の匂いをくんくんと嗅いだりしてみたが、ふとティナの言葉に違和感を感じた。
 失敗したな、と言っていた。変な芋を買ってしまって失敗した、という意味だろうか。しかし食料品の買い物はほとんどリームの役目だ。リームが失敗したというようには聞こえなかったが……。そういえば、この芋はいつ買ったものだろう? ここしばらく、芋は買っていないはずだ。
「このお芋、ティナが買いました?」
「え? あぁ、うん。そうそう、私が買ったやつ。ごめんね、変なお芋買っちゃって」
 ティナが買ってきた、変なもの。そういうものがここには沢山あるはずだ。正確に言うなら、店頭に。
「……えーと、ティナ、このお芋もしかして、雑貨屋の商品と同じ方法で手に入れました?」
「あー、まぁ、そんな感じ」
 へへへと笑って誤魔化すティナ。先程の「失敗した」は、仕入れに失敗したということだろうか。リームは何か引っ掛かるものを感じていた。
 溶ける鉄鍋や踊るホウキと同じ手段で手に入れたもの。雑貨屋の不思議の原因である、奇妙な商品と同じ――。
 『青』が雑貨屋を調査に来た、あの日の晩を思い出す。
『それなりのものをいただかないと』
『雑貨屋の不思議を背負える何かですよ』
 ラングリーの言葉に、ティナは答えていた。
『分かった、考えておくわ』
 ――雑貨屋の不思議はラングリーが背負うことになっている。
 おそらく、あの『巻物』に記された魔法によって。
 リームはオレンジ色の芋から視線をあげて、ティナのほうを見た。
「もしかして、雑貨屋の商品って、ティナが魔法で作ってるんですか?」
 ぴた、っとティナの動きが止まった。戸棚から出したハーブを手にしたまま、そーっとリームを振り返る。リームの表情を確認して、何故かほっとしたような微笑を見せた。
「それって……ラングリーから聞いたの?」
「いいえ。でもそうなのかなーって」
「そうだねぇ、うん。まぁ、そうかな?」
「違うんですか?」
「ち、がわない、かな。うん。そう。雑貨屋の商品は私が作ってる」
 とうとう認めた。
 特別な仕入れ先、なんて言っていたが、自分の魔法で加工した商品だったのだ。魔法士だということは分かっていたのに、何故隠す必要があったのだろう。
「やっぱりそうなんですね。最初からそう言ってくれればいいじゃないですか」
「う……ご、ごめんね。リームが魔法士の弟子になるなんて思ってなかったからさ。ほら、普通の人にとって魔法士って、ちょっと得体がしれないじゃない?」
「そんなことないですよ。強くてかっこよくて皆の憧れですよ!」
 リームが脳裏に思い浮かべるのは孤児院に訪れた『青』の人の姿だ。小さい頃だったので記憶があいまいだが、ショートカットの女性だったように思う。ある子を狙ってやってきた数人の悪い魔法士を鮮やかな光の渦であっという間に倒してしまった正義の味方。
「そういう風に思ってくれる人はありがたいんだけどね……」
「ティナも『青』になればいいんですよ。すごい魔法技術があるんですから。もし『青』が嫌いなら宮廷魔法士とか、魔法を使う仕事は沢山あると思うんですけど……なんで雑貨屋なんですか?」
 たぶん魔法を使いたくないわけじゃないんだろう。いつも気軽に空間移動の魔法で送り迎えしてくれるし、なにより魔法で商品を作っているのだから。『魔法士』として扱われることが嫌なのだろうか? だったら、魔法で作ったりしないで普通に商品を仕入れて店をやれば、不思議な雑貨屋にはならなくて、『青』に目をつけられたりもしなかったのに。
「うーん、私もいろいろ考えたんだけどね。魔法士でいるとやっぱり『青』と関わらなきゃいけなくなるし、かと言って閉じこもってると飽きちゃうし。街で普通に暮らしながらってのが丁度良いかなって」
「普通に暮らしながら……何をしてるんですか?」
「えーと、魔法の、練習?」
「あ、そっか。なんだ、そうなんですね」
 リームはやっと少し納得できた。自分と同じで、ティナもまだ修行中なのだ。もちろんレベルの差は比べものにならないんだろうけれど。練習で作った商品だから、あんなヘンテコなものができあがってるわけだ。
「でも失敗作を売るのはどうかと思いますよ?」
「いや失敗作じゃないのよ、ほんとに成功したと思って店に並べてるの。でも後からボロがでてくるものが多くて……まだまだ未熟だね」
 ティナは皮をむきかけのオレンジ芋を手にとって眺めながら肩をすくめる。ごく一部の魔法士しか扱えない空間移動の魔法すら簡単にこなしてしまうティナが自分と同じ修行中だと思うと、リームはなんだか親近感がわいてきた。
「大丈夫ですよ、きっと失敗せずできるようになります! 私もがんばって勉強しますから、ティナも一緒にがんばりましょう!」
「ふふふ、ありがと。うん、がんばるよ」
 ティナはにっこりと笑ってそう言った。オレンジ芋をリームに返して、鍋の準備をする。
「あ、店のものを魔法で作ってるって、他の人に言わないでね? ラングリーは知ってるけど、他は誰にも……フローラさんやミハレットくんにも言わないように、くれぐれもお願いね」
「はい、分かりました」
 きっとまた『青』の目にとまるのが嫌なのだろうと、この時はまだ、リームはそう思っていた。


■『不思議』な猫の置物

 閑古鳥が鳴くことは分かっていても開店時間はやってくる。リームは今日も魔法語教本と共に店番だ。
 ふと顔をあげると、通りに面した窓から小鳥が入ってきた。地味な茶色のどこにでもいる小鳥だが、リームにはよく見憶えがあった。
「あれ? 腹黒オジサンの鳥だ」
 次回のことかな? と思いながら、リームが手を伸ばすと、いつものように小鳥はその手にとまった。
『よう、リーム。勉強は進んでいるか?』
「もちろんです。次もミハレットには負けませんよ」
『ふふふ、ミハレットのやつもかなり必死でやってるからな、油断はできないぞ。ところで、ティナ・ライヴァートはいるか?』
「いえ、今居ないんです。ティナに用事ですか?」
『あぁ。いや、急ぎじゃないんだ。では、これを渡しておいてくれ。よろしくな』
 そう言うと、茶色い小鳥は光を発しながら封書に姿を変えた。宛名はティナ・ライヴァート殿となっている。
 それから数刻経って(もちろん客は一人も来なかった)、ティナが階段をおりてきた。
「リーム、そろそろ昼ご飯にしよっか」
「あ、ティナ。少し前にオジサンから手紙が届きましたよ」
「手紙? 私に? なんだろ」
 ティナが封を開けて手紙を読む。しかし中を読んでもどこか不思議そうな表情のままだった。
「んー、よく分かんないな。でもとりあえず行ってあげようかな。リーム、私、ご飯食べたらラングリーんとこ行ってくるね。店番お願いできる?」
「はい、もちろんです。私のお仕事ですから。何をしに行くんですか?」
「それが分からないんだよね。詳しいことは全然書いてないの。ま、話だけでも聞いてあげようかなと思って。いろいろお世話になってるしね」
 こうして昼ご飯を食べた後、ティナは出かけ、再びリームは店番を続けた。
 ティナが呼ばれたのは、以前の地下魔法陣での魔法のことかな? とリームは思う。見上げるほど巨大な光る石を思い出す。フィードを見ておけば良かったと今になって思うけれど、あの時はまだその発想がなかった。あの時ティナが現れたのは、あれがあの『巻物』に関連した魔法だったからだろうか。
 結局あれは何だったんですか?と聞いたことはあるが、リームにはまだ難しい魔法だから、もうちょっと魔法のこと分かるようになってから教えてあげるね、と言われてしまった。確かに今聞いても全然分からない気がする。もっともっと勉強して、早く一人前の魔法士にならないと、『青』なんてさらにその先の先なのだから。


 ティナが帰ってきたのは七の刻だった。雑貨屋はすでに閉店してあり、リームは夕食の準備を終えて魔法語教本を読んでいた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ティナ。おじさん、何の用事だったんですか?」
 リームが尋ねる。ティナはとっても楽しそうな笑顔だ。
「うん、新しい魔法陣の試験を手伝ってきたって感じかな。いやぁ、やっぱりラングリーってすごいね。私も魔法に詳しい知り合い多いけど、技術力では全然負けてない」
 気に食わない腹黒宮廷魔法士を手放しに褒められて、リームはあまり素直に喜べなかった。本来ならば、魔法を教えてもらうにしても『青』に推薦してもらうにしても、有能な魔法士であることはありがたいはずなのだが、根本的に気に食わないという感覚はどうしても拭えない。
「へぇ……それって例えば、王妃様みたいな竜族とかと比べてもですか?」
 なんとなく冷たい言い方になってしまった。しかしティナは気づいていないようだ。少し興奮ぎみの弾む笑顔で応える。
「そうね。竜族って物理的な力も魔法的な力もすっごいけど、だからこそ小手先の技術でなんとかしようって発想がないみたいなんだよね。それは精霊族や妖精族もそう。あのへんは呪文なんか使わなくても自分の属性に応じたフィードが扱えるから、魔法を使うこと自体滅多にないし。光族は音楽にしか興味ないし、闇族は武術にしか興味ないし」
「……って、ティナ、どんだけ知り合いがいるんですかっ?」
「いやまぁ、いろいろあってね。あっ、夕食できてるんだ。ありがと」
 ティナがカウンターの椅子についたので、リームもそれに並んだ。宮廷魔法士と高度な魔法技術について語り合え、様々な種族の知り合いがいて、見た目通りの年齢じゃなさそうな雑貨屋店主。でもリームにとっては恩人で仲間で家族だ。
「心配しなくても、私はティナが人間じゃなくったって気にしませんよ」
「んふふ、ありがと。でも私は人間だよ、一応ね」
「一応……?」
 疑問符を浮かべるリームを見て、ティナはニヤっと笑った。
「私も、リームが宮廷魔法士の娘でも公爵家のお姫様の娘でも気にしないよ」
「娘 じ ゃ な い ですっっ!!」
 不思議な雑貨屋ラヴェル・ヴィアータに、今日も楽しげな笑い声が響く。ティナとリームにとっては不思議でも奇妙でもない普通の日常だった。


           *          *           *

 秋晴れの昼下がり。通りに面した雑貨屋の窓から、リームより一、二歳小さな少年が数人こそこそと店内を覗いている。初めてのことではない。とんでもないものが売られているという怪しい雑貨屋ラヴェル・ヴィアータは、レンラームに住む少年達にとって、ちょっとした肝試しスポットでもあった。
 「早く行けよ」「分かってるって」などとやり取りが聞こえた後、一人の少年がそぅっと入口から入ってきた。
「いらっしゃいませ?」
 カウンターの椅子に座って魔法語教本を読んでいたリームが声をかける。緊張で無表情になっている少年は、口の端を持ちあげてなんとか愛想笑いをしようとしているようだった。そろそろと足元が崩れないか確かめるかのような足取りで店内を進む少年。テーブルや棚に並ぶ商品を得体のしれないものを見るような目で見ている――まぁ中には確かに得体のしれないものも混ざっている訳だが。
 リームのいるカウンターの前までくると、少年は入口のほうを振り返った。入口とその隣の窓からは、他の少年達が目線で急かしている。少年はごくっとつばを飲み込んで、リームに話しかけた。
「あ、あの……銅貨三枚で買えるもの……なんでもいいんで……」
「銅貨三枚? あったかなぁ……ちょっと待ってね」
 遊び半分でもお客様はお客様。リームは魔法語教本を閉じると、カウンター横から店内に出た。銅貨三枚というと屋台の揚げドーナツひとつくらいの値段だ。装飾品はもちろん、鍋や食器などの生活用品にも足りない。値札を見ながらリームが店内を一周する間、少年はカウンター前に立ったまま視線でリームを追っていた。
「あ、あった。これなんかどう?」
 リームが見つけたのは親指ほどの小さな置物だった。黄褐色の粘土を焼いたような質感で、かなりデフォルメされた猫の形だ。座っているものや寝転んでるものなど色々ある。あまり上手い出来ではないが銅貨三枚だとこれくらいだろう。
「うん、なんでもいい……」
「色々あるから選ぶといいよ」
 少年はおそるおそるリームに近づいて、棚に並んでいる小さな猫の置物を眺めた。ほどなく、座っている一匹に手を伸ばす。
「ニャー」
「わぁっ!?」
「えっ!?」
 驚いた少年は猫の置物から手を離し、こぼれ落ちた置物は店の床へと落下する。
 あぁ、割れる!
 しかし、置物はカッ!と音を立てて石の床にぶつかっただけで、割れずにそのまま転がった。
 少年とリームの視線に晒されて、転がった猫の置物はただ沈黙するのみ。
「……い、今、な、鳴いた……」
「うん……」
 リームは棚に残る別の猫の置物にそっと触れた。何も起こらない。意を決して、転がったほうの置物に手を伸ばす。
「ニャーン」
「ああああやっぱり呪いの猫人形っ!?」
「うわあああっ!!」「呪われた! テッドが呪われた!」「逃げろぉぉ!!」
 店の入口で様子を見ていた少年達が一斉に逃げ出す。
「ま、待ってよぉぉっ!!」
 店の中にいた少年も、命からがら逃げ出すように店を駈け出していった。
 静けさだけが残された店内に一人立つリーム。自分の手にある猫の置物をもう一度見た。ひっくり返して全面を確認する。魔法文字は見あたらない。動く様子はない。置物の頭を指先でなでた。
「ゥニャアー」
 鳴いた。
 いや、鳴き声がするだけで、置物の口元が動いたりする様子はない。溶ける鉄鍋、踊るホウキと同様の、不思議な雑貨屋の『不思議』が発現してしまったようだ。
 少年にはちょっと可哀相なことをしてまったな。リームはそう思いながら、鳴く猫の置物を持ってカウンターに戻った。
 ティナが魔法で作っているという雑貨屋の商品――そしてたまにある失敗作。魔法で品物を作るというのはどうやっているのだろう。例えば、この猫の置物だと、粘土から猫の形を作るのは自分の手でやったほうが早いように思う。焼きあげる工程を魔法でやってるのだろうか? あとは粘土の質や色を魔法で調整しているとか……?
 リームは目を閉じて精神を集中し、感覚を広げた。周囲のフィードを感じとる。猫の置物のフィードはごく淡い黄色で、普通の土や陶器と比べて何も変わりはない。リームは目を閉じて集中を維持したまま、そっと猫の置物に触れた。ニャアと鳴き声が聞こえる。フィードに変化はない。何か魔法が発動したようにはまったく見えなかった。ただ、自分が未熟だから感じ取れないだけかもしれないけれど……。
 そんなふうにリームが猫の置物を観察していると、二階から扉の開閉する音と足音が聞こえた。ティナが帰ってきたのだ。ティナの部屋は結界が張られているらしく、フィードの流れが遮断されていて空間移動の魔法の際に発生する紫色のフィードが見えない。
「おかえりなさい、ティナ」
 ティナが階段を下りてくるのを見ながら、リームは言った。
「うん、ただいま」
 応じるティナを見て、リームはあれと思った。なんだか元気がない。表情はいつも通りほほ笑んでいるが、なんとなくいつもと雰囲気が違う。
「ん? その猫の置物、気にいった? あんまり可愛くないかなと思ってたんだけど」
 リームの手元を見ながら言うティナ。いつも通りと言えばいつも通り。少し声に元気がないだけだ。ちょっと体調でも悪いのかな?とリームは思った。あるいは出かけた先で何かあったのだろうか。いつもティナが出かける時に何をしに行くのかとはいちいち聞かないが、たまに聞いた時には友人に会いに行くという返答が多かった気がする。
「いえ、この猫の置物がですね」
 リームはちょいちょいと指先で猫の置物をつつく。
「ニャーン」
「うわあ、鳴いちゃうんだ。これはよくないね」
「どうやって作ったら鳴くようになるんですか?」
「それが分ってたら失敗しないよ」
 ティナはため息をついて猫の置物を持ちあげた。ニャーと手の中で鳴く置物をじっと見る。
「……そーですか。難しいですね」
 ぽつりとつぶやいたそれは明らかにリームに向けられた言葉ではなく、リームは首をかしげた。
「ティナ?」
「あ、ううん。なんでもないの。見つけてくれてありがとね。片づけとくわ」
「はい……ティナ、なんだか元気ないですね? 何かあったんですか?」
「えっ、そ、そう? そんなことないけど」
「じゃあ心配事でもあるとか」
「いや、そんな……」
 ティナは視線をナナメ下にさまよわせて、しかし頭の霧を振り払うように軽く首をふると、にっこりと強気の笑みをリームに向けた。
「大丈夫、心配しないで。いろいろと気にしないのが私の良い所なんだった。うん。世の中なるようになるもんよね。ならないんだったらするしっ。さって、晩御飯の準備でもしよっか」
 よく分からないが、ティナの中で何か整理がついたのだろう、元気になってくれたことにリームは嬉しく思った。ティナが『気にしない』ことを選んだ事柄を、もしラングリーが知ったなら、またしても長い長いため息をつくだろうことをリームは知る由もなかった。



■風精霊と魔法士の弟子

「よぉーーっし!! リーム!! 今回はオレの勝ちだっ!!」
 握りこぶしをあげて叫ぶミハレットの手には小さな紙片があった。よく見ると何やら魔法陣が描かれている。今日の課題の魔法具だ。
 しまった、先を越された、と、リームは唇を噛んだ。
「どこにあったの?」
「上だよ」
「上って……浮いてたの!?」
「そう! 塔よりも高いところだったけど、〈そよぐ風〉で触れただけで落ちてきたぞ。そういう風に作ってあったんだな。さすが師匠!」
「それってずるくない? どこまでが中庭の範囲なのよ」
 リームは夕焼けから紺色に変わりつつある空に目と意識を向ける。と、青色に感じられる風のフィードの流れが固まっている部分があった。目には見えないけれど、何かいる。
「ねぇ、ミハレット、あれ……」
「ん? あぁ、風精霊だろ。時々師匠の様子を見に来るんだ。たぶん『青』の使いじゃないか?」
 見られていることに気がついたのか、目に見えない2つの気配が二人の元に降りてきた。フィードの固まりとしか感じられなかったものが、目にも見える形をとる。半透明の女性の姿。ひらひらした服と長い髪、少し幼くみえる表情は楽しげだ。
『ミハレットくんでしょ? で、リームちゃん。くすくすくす』
『魔法のお勉強ね? がんばってね。うふふふ』
 習いたての精霊語をなんとか理解する。名前を知られていることにリームは驚いた。もし『青』の使いならきちんとしなければ。リームはしゃきっと表情をあらためた。
『青の人の使いなのですか?』
『さぁ? どうかしら?』
『どうかしらね? 分からないわね? くすくすくす』
 がんばって精霊語を使ってみたが、風精霊たちはまともに答えるつもりはないようだ。でもちゃんと伝わったらしいので、リームはちょっと嬉しかった。
「別に『青』の使いだからってオレらのことはわざわざ報告したりしないと思うぞ。聞いても何も答えないけどな。ただでさえ風精霊ってやつは捉えどころがないやつが多いし」
『私たちが人間語を理解しないとでも思ってる?』
『うまいこと言ったとでも思ってる? 風だけに』
『とらえられない。うふふふふ』
 くるくるとミハレットの周囲を飛び回る二人の風精霊。ミハレットは少しうざったそうだ。
「こんなことしてる場合じゃない、早く師匠に報告して褒めてもらわなくては! 師匠、師匠ーーっ!!」
 ミハレットはローブの裾をひるがえして全速力で駆け出していき、リームも塔へ戻ることにした。今日も遅くなってしまったので、ティナが待ってるはずだ。ミハレットに負けたのは悔しいが、事実なので仕方がない。次は絶対に負けないんだから、と心に誓った。
 そんな二人を見ながらくすくすと笑う風精霊たちはすうっと黄昏の夜空に溶けていった。

           *          *           *

 窓の外では風精霊たちが弟子たちにちょっかいを出している様子が見える。課題は見つけられたようだ。もうすぐ執務室に戻って来るだろう。
「あのさ、実は……」
「軽率だと怒られました? ご友人に?」
「えっ、誰から聞いたの!?」
「いいえ、そんなところだろうなぁと。何かやらかす前に処分しろとか言われませんでした?」
「そっ、そんなこと……言いかねない人もいるけど、たぶんその場合、私には言わずに……」
「そーですか。肝に銘じておきます。まぁ、命狙われるのは慣れてますから。ストゥルベル公に散々狙われましたからね」
「いや、大丈夫よ! たぶん……ちゃんと、私が責任とるって、今度言っておくから」
「俺が失敗した時にその責任をとってくださるんですか? そりゃあ、ありがたいことで。世界の命運を背負うのは大変ですね?」
「うん。ほんとなんか、大変。思ってたより大変」
 しみじみとそう言われて、ラングリーは少し口をつぐむ。
 階段をのぼってくる足音が聞こえた。
 尻尾があればちぎれんばかりに振っているだろう褒めてくださいオーラをまとう一番弟子と、眉をしかめて次こそは負けまいと決意のオーラをまとう二番弟子の姿をありありと思い浮かべることができて、ラングリーは口の端に笑みを乗せた。

PR
Comment
Name
Title
Mail
URL
Comment
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
  HOME   74  73  72  71  70  69  68  67  66 
創作メモブログ
ライトファンタジーな小説を書くにあたって、ネタから先が全く進まないので、散らかったメモをまとめておこうと思ったわけです。
にほんブログ村 小説ブログへ
ブログ内検索
最新CM
最新TB
アクセス解析
忍者ポイント広告
忍者ブログ [PR]