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散らかった机の上
ライトファンタジー小説になるといいなのネタ帳&落書き帳
Admin / Write
2024/05/19 (Sun) 09:18
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2007/09/23 (Sun) 01:14

 空は東の空から青紫と濃紺に染め上げられていき、わずかに西のかなたに橙色がほっそりと残るばかりとなった。
 街の家々は夕飯時だろう。通りを歩く人の姿は少なく、ただ食堂兼酒場は活気づいている。主要となる大きな通りには治安部隊が点々と魔法の明かりを点けていた。
「わざわざ今から行かなくてもいいと思うんですけど……」
 不満げに呟くリーム。ファラとティナの3人で歩いているのだが、貴族の奥方と、身の回りを世話をする少女×2にしか見えないだろう。この街で貴族を見かけることがないわけではないが、日も暮れるというのに武装した従者が1人もいないというのは珍しいかもしれない。
「こういうのは思い立ったが吉日なのよ」
「そうですね。残念ながらわたくしも日々の勤めがある身ですから、付き添える時間が限られてきますし」
 だったら私は別に母親(らしき人)になんて会わなくってもちっとも問題ないんだけどー。
 とは、この貴族の奥方には、さすがに言う気が起きないリームであった。
 ピノ・ドミア神殿に来る貴族は何十人も見たことがあるが、ファラほど纏う空気が違う貴族は滅多にいなかった。華やかでいて重厚な、つい目を惹かれてしまう、それでいて畏まってしまうような存在だ。
 本当にこんな人の親戚が自分の親なのだろうか……あれ? でも義理のってことは血はつながってないんだな。
 そんなことを考えていると、ティナとファラが立ち止まった。魔法の明かりの並ぶ大きな通りを過ぎ、民家の並ぶ地域に差し掛かったところだ。そろそろランプが欲しい薄闇の中、夕飯をかこむ家族の楽しげな声がわずかに聞こえてくる。
「このあたりでよろしいのかしら?」
「ま、うちの店から離れてくだされば、どこでもいいんですけどね。えーと、上に行ったほうが?」
「えぇ、もちろん。広さが足りませんから。お願いできますかしら」
「お安い御用ですよ」
 相変わらずリームから見ればワケのわからないやり取りをした後、ティナは呪文を唱えだした。つっと地面に光の輪が描かれ、リームたち3人を囲む魔方陣を描き出す。
 その魔方陣は最初は分からぬほどゆっくりと、しだいに速度を増して上空に浮かび上がった。上に乗る3人ごと宙に浮き上がる形となり、バランスを崩しかけたのはリームだけだった。
 ティナにしがみつきながら下を見下ろすと、並ぶ民家がぐんぐんと小さくなっていく。通りに点々とならぶ魔法の明かりと、家々のランプの明かりが集まって、ひとつの光の絵を成しているようだ。
「すごーい……きれい!」
「こんなので喜ぶのはまだ早いわよぉ、リーム。これからファラさんの背に乗って優雅な夜空の旅なんだから」
「せにのって?」
 何かを聞き間違えたのだと、リームは思った。
 ティナはいたずらっぽい笑顔でファラに視線を送り、ファラはにっこり頷いて魔方陣から1歩踏み出した。
 あっとリームが息をのむより早く。
 街へと落下するファラは漆黒の闇に包まれた。
 東空の果てから広がる夜闇より、なお濃い闇。
 闇は刹那に大きく膨れあがり、リームは魔方陣の下でバサリと巨大な何かが羽ばたくのを聞いた。

           *         *         *

 それは遠く地上から見上げるよりもずっと大きく、そしてしなやかだった。
 リームの手のひらほどもある漆黒の鱗は、わずかな残陽に輝いてきらきらと宝石のようだ。
 その宝石が敷き詰められた場所に、リームはいた。
「な、なななな、なにが、どーゆうっっっっ!?!?」
「あっはっは! 落ち着いてよ、リーム!」
 腹の底から笑うティナにばんばんと背中を叩かれても、リームは一向に落ち着けなかった。
 目の前には黒い宝石のような鱗が覆った背。ほっそりとした首に続き、体に対して小さな頭には2本の角が生えている。左右には大きな皮膜状の翼。これだけ大きなものが側で動いているのに突風を感じないのは、結界のおかげなのだろう。竜は翼ではなく魔法で飛ぶという。
 ――そう、竜、なのだ。
 リームはクロムベルク王国を守護する黒竜の背に乗っていた。
「ファラミアル・サティアス・クロムベルク。ファラさんの名前って、国民にあまり知られてないんですね」
『竜にとって名前は神聖なものですから。あまり広まらないようにしているのですよ』
 音ならざる音が声となって耳に届く。音でないことは確かなのに、人間はそれを音として捉え、声として認識した。ファラが人間の姿をしている時と全く同じ、柔らかく暖かい声だ。
「……お、王妃様……?」
『なんですか? リーム』
 呆然と呟いた言葉にさも当然のように応えられて、リームはふうっと気が遠くなるような気がした。
 夢だとしても突飛すぎる。何故、飛ぶ姿を見上げて祈っていただけの一般国民たる自分が、畏れ多くも王妃様の背に乗っているのだろうか。飛び跳ねる皿よりも溶ける鍋よりもずっとアリエナイ。
『……大丈夫ですか、リーム。飛ぶ速度が速すぎますか? 結界を張っているので大丈夫なはずですけれども』
「ほら、リーム、石像みたく固まってないで、まわりを見てごらんよ。昼は昼できれいだけど、夜の風景も良いもんよ」
 反応のないリームにファラとティナが声をかける。しかし、その声も耳に入らないようだった。
「……なんで、どうして……こんなことに。やっぱりお祈りせずに神殿を抜け出したから罰があたったのかなぁ? あぁ、光のヴォルティーン様、運命のメビウス様、時空のクロノス様、大樹のフィーグ・ラルト様、どうかお許しください。そしてか弱き人の子に祝福を……」
 目をつぶって祈りの言葉を呟くリームには、その祈りの言葉を聞いてなんとも微妙な表情をするティナは目に入っていなかった。
「あー、ファラさん、ストゥルベル領ってどこにあるんだっけ?」
『北西の方角です。領都のストゥルベルは港町なのですよ。そうですね、大体1刻もあれば到着するでしょう』
「ふーん。そこの領主の娘なわけね、リームは。さらに、母親がファラさんの義理の従姉妹……ってことは、エイゼル様の従姉妹?」
『えぇ、先王の弟君がリームの祖父にあたるのです。弟君には娘しかおりませんから、今のところリームがストゥルベル家の跡継ぎということになります』
「うーん、聞いてるだけでややこしそうな家柄ね」
 聡明なリームは聞こえてくる会話を聞こえなかったことにした。自分の理解を超えているし、理解したくもない。
 意を決してピノ・ドミア神殿から逃げ出したのに、その意味が全くなくなってしまった。
 このまま屋敷に連れて行かれたら、なし崩しに貴族の娘として籠の中に囚われてしまうのではないか。
 リームはティナの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「ティナ……私は貴族の子になるなんてイヤ。これからも雑貨屋で働きたいし、お金を貯めたらやりたいこともあるんです。もし、屋敷に閉じ込められそうになったら、連れて逃げてくれますか?」
 ティナは笑ってリームの頭を撫でた。
「そんな心配してたの? だいじょーぶよ。会うだけだって、ファラさんも言っていたでしょう。万が一、リームの意に反して手元に置こうとしたとしても、私が絶対連れ出してあげるから」
『ふふふ、ティナちゃんの保障があれば、これ以上心強いことはありませんね。リームは良いお店を選んだものです』
 王妃様と旧知の仲らしいこの不思議な雑貨屋の店主は、一体何者なのか。想像もできないけれど、リームは店主に頼るしかないのだった。

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2007/09/20 (Thu) 02:09
 しとしとと細い雨が落ちていた。
 庭園に咲く色とりどりの花は、空を覆う雨雲の下でも尚あざやかだ。宝石のような雫に全身を飾っている。
 常に雨露をまとう魔法の花というのもいいかもしれない。今度フローラへの贈り物にしよう。
 高い塔にある執務室の窓から庭園を見下ろす男は、頭の中で複雑な呪文を組み立てながら遠き地の愛する人を想った。
 と、その窓に、小さな小鳥が飛来した。地味な茶色い翼の、どこにでもいるような小鳥だ。
 小鳥は男のさしのべた手にとまると、ふわっと光をまとい、次の瞬間には空中に小さな映像を浮かび上がらせた。
 街の商店街で、黒髪を肩までおろした少女が買い物をしている。メモを見ながら買っていく品物は、さまざまな日用品だ。小さな体にあまるほどの袋を抱えてよたよたと通りを歩いていく。
 通りの商店がまばらになったころ、少女はある店に入っていった。見た目はどこにでもあるような店構え。看板には青地に黄色の文字で雑貨屋ラヴェル・ヴィアータと書いてある。
『ティナ~、ただいま戻りました~』
『お疲れ様! 重かったでしょ。そこらへんにまとめて置いておいてくれればいいから』
 店の奥に入っていく黒髪の少女。迎え出た金髪をひとつに結った女性は黒髪の少女を先に行かせ、自らは店の戸口から真っ直ぐこちらを見つめた。――映像を見ている男と目が合うほどに。
『どこの誰だか知らないけれど、しつこいのね~。今度は本物の鳥を触媒に使ってるの?』
 女性のさしのべた手元に、ぐっと映像が引き寄せられる。女性が呪文を唱えたそぶりはない。ありえないことだった。
『あれっ、違うんだ。スゴイ……どーやってんの、これ?』
 すっと光が消え、映像はそこで終わった。男の手にとまっていたと見えた小鳥は、魔方陣の描かれた羊皮紙へと姿を戻す。
 金髪の女性。名前がティナ。なにより、あの不条理な魔力と、その隠し方の稚拙さは。
「まったく。なんてとこに転がり込んだんだ、お前は……」
 苦笑を含んだ呟きをもらすと、男は執務室を出て行った。このままずっと様子をみているわけにもいかない。状況を動かすためには……助力を請う必要があった。

          *         *         *

「それで、これ、どうするんですか? 新しい商品なんですか?」
「まぁ、そういうことね。良いモノなら、だけど」
 リームが買ってきた品物をひとつひとつ確かめながらティナは言った。リームはうんうんとうなずく。
「それがいいですよ! 飛び跳ねるお皿とか甘い胡椒とか、ヘンテコリンなものを卸す仕入先とは、縁を切ったほうがいいですって」
 リームを狙う老人たちが現れてから5日。それ以降追手もなく、いつも通り平和に雑貨屋を営む毎日だった。
 ただ、雑貨屋ラヴェル・ヴィアータの『いつも通り』は、ただひたすら暇で、たまに来るのは妙な商品を返品しに来た客ばかり、という日々であったりする。
 皿もほうきも武器もアクセサリーも、仕入先はもちろん別々の職人のはずなのに、どうしてこの雑貨屋にはヘンなものが集まってきてしまうのか。不思議というより呪われているようだった。
「ほら、ティナ。この小皿可愛い! サロメイッテ村の品物ですよ。良いんじゃないですか?」
「うん、いいかもね。サロメイッテ村って……有名なの?」
「知らないんですか? あぁ、ティナは他の国の出身だっけ。西のシェシェ湖の側にある、国で一番陶器が有名な村ですよ」
「そうなんだ~」
 とりあえずその日は、これが良いあれが良いと相談しながら、客の来ない1日を楽しく過ごしたのだった。

 翌日。
 リームが開店準備をしていると、ティナが大きな木箱を抱えて階段を降りてきた。
「あ、リーム。そこのテーブルの上のコップ寄せて、これ並べてくれる?」
「はーい」
 木箱には屑布に包まれた食器のようなものが沢山入っていた。一枚一枚布から取り出してテーブルに並べていく。柔らかいミルク色をしたその食器は、落ち着いた紅色の線で装飾がほどこされていた。その独特な紋様は、クロムベルク国では有名で。
「サロメイッテの皿じゃないですか! もう仕入れたんですか!」
「うん、リームも薦めてたじゃない」
「そりゃそうですけど……昨日商隊来てましたっけ? よその店から買い取ったんですか?」
 昨日はあれから閉店までティナと一緒にいたので、ティナはよその店に行ったりはしていないはずだった。部屋から魔法を使った手段で仕入先と連絡を取ったとしても、今朝納品の馬車は見ていない。
「ま、独自のルートってやつね」
 そんな得体の知れない独自ルートを使うから、商品もアリエナイ欠陥品だったりするんじゃないかなぁ。
 笑顔のティナとは対照的に、リームは眉をひそめて真新しい皿を見つめるのだった。

 西の空、雲の合間から見える陽光は、わずかに赤みを帯びはじめていた。
 結局、新しく店に並んだ皿も1枚も売れず。暇をもてあましてカウンターに座っていたリームは、突如として店を取り巻く光と、バチバチバチっと何かがはじける音を聞いた。
 それと同時に、2階から駆け下りてくる足音。
「リーム、無事っ!?」
 店の外にある光から、ひとつ、ふたつと球状になっていき、店の入り口から中に入ってくる。リームの隣に立ったティナが素早く呪文を唱えるたびに光の球は霧散していくが、店の外に光がある限り、それはいくつでも入ってくるようだった。
「前のじーさんと違って、わりとやるみたいね!」
 ティナが呪文をつむぎ印を切り、生まれた風が店の外へと向かう。光は明滅を繰り返し消えかかるも、しかし新たに別の色みをおびた光が現れた。
「うあ、そこまで編み上げてくる?」
 うんざりした声音で言うティナ。リームには何が何だか分からない。複雑極まりない魔法のやり取りが行われているらしいことを想像するしかなかった。
 しばらく光とティナの呪文の応酬が続いていたが、とうとうティナが音をあげた。
「これだから人間って厄介なのよね……もー、めんどくさいし!」
 トン、とティナが片足を鳴らした。すうっと、周囲の全ての音と光が消える。幻が消えるようにあっけなかった。
 そこには何事もなかったように、ただ午後の雑貨屋、いつもの店内だ。
「な、なんだったんですか……」
「さーあ? 本人に聞いてみれば?」
 ぱちんとティナが指を鳴らすと、店内に紫色の光の魔方陣が現れた。その光に包まれて姿をあらわしたのは、黒を基調にしたローブをまとった男性だった。外側にはねた黒髪と若草色の瞳、端正な顔立ちは若々しいが、30代そこそこには見える。その男性が持つ、細身の銀の杖が職業を語っていた。驚愕の表情を隠しきれてない様子で、周囲を見回した後、ティナに視線を向けて、とってつけたように微笑んだ。
「初めてお目にかかります、ティナ・ライヴァート殿」
「ふーん、私のこと知っててやったんだ?」
「というよりも、隠そうとなさってなかったでしょう」
「途中から面倒くさくなっちゃってねー。本当、あんな複雑な魔法久しぶりに見たよ」
「お褒めいただいて光栄。ちょっと力試しをしてみたかっただけでね。大目に見ていただけると助かりますよ。俺はただリームを説得しに来ただけなんですから」
「――わ、わたし!?」
 すっかりティナ関連の来客だとばかり思って様子をうかがっていたリームは、思わず叫んでしまった。男性はそんなリームを優しげな笑顔で見つめる。
「そうだぞ、リーム。意地張ってないで、母親に会いに行ってやんな。心配してるだろう」
「わ、私に母親なんていないし、いらない!」
「あー、それ、フローラが聞いたら泣くな。間違いなく号泣だ」
 何故か男性はどこか楽しげだった。ティナに視線を移して言う。
「ティナ殿も思いませんか。養子になるとしてもならないとしても、一度母親に会って、言いたいことがあるなら本人に直接言うべきだってね」
「思わないわけでもないけど、私の店に魔法をふっかけてくるよーな人の言う事聞きたくないわね」
 剣呑な視線のティナに、男性は肩をすくめた。
「あなたのような方の側にリームを置いておきたくない気持ちも分かってくださいよ。あなたが何者であるか知ってる人間なら、多かれ少なかれそう思うと思いますよ」
「……ほんとに知ってるの? 知っててその口のきき方ってちょっと神経疑うわ」
「はっはっは、神経疑われてしまいましたか」
 陽気に笑う男性に、ティナも毒気を抜かれたようだ。カウンターに腰掛けて、リームに問う。
「で、どーすんの?」
「どーするも何も……貴族のとこなんて行きたくないし、母親だなんて言う人に会いたくもない」
「……そう」
 ティナは何か言いたげな沈黙を落とすも、魔法士の男性に視線を戻した。
「まぁ、そういうことだから。今回は見逃してあげるけど、次回はないからね。さようなら」
 ひらひらと手を振るティナに、男性は余裕の表情でうなずいた。
「仕方ありませんね。切り札にご登場願うとしましょう」
 男性は店の窓をふり返り、合図を送った。キィ、と店の入り口の戸が開く。
 入ってきたのは、銀糸の刺繍が入った紺のドレスに紫のショールを羽織った女性だった。波打つ艶やかな黒髪は銀の髪飾りで留められて、紫の瞳は深く落ち着いた光をたたえていた。
 ガタンっと椅子を蹴ってティナが立ち上がる。その表情は、驚きよりも困惑が強い。
「ファラさん!! なんで……!?」
「久しぶり、というほどでもないかしら。ティナちゃん。3ヶ月ぶりぐらいね」
 ファラと呼ばれた女性は、いたずらっぽい微笑みを浮かべ、視線で魔法士の男性を示した。
「ラングリーは、宮廷魔法士なの。さっきの魔法は見事だったでしょう。ごめんなさい、私も許可してしまったのよ。ティナちゃんも良い勉強になるかと思って」
「宮廷魔法士……なるほどね!」
 ティナの視線に、大仰なお辞儀で答えるラングリー。小憎らしい笑顔は、どこか愛嬌があった。
 ファラは状況が把握できず傍観しているリームに目の高さを合わせて語りかけた。その口調はどこまでも優しい。
「初めまして。わたくしはファラミアル・サティアス。あなたがリームね」
「はい……」
「ごめんなさい。あなたの親があなたを手放さざるを得なかったのは、わたくしのせいでもあるの」
「!?」
「でも、あなたの親はあなたの誕生をとても喜んでいたのよ。神殿に受け渡した後も、毎日のように魔法で様子を見ていたの。そうよね、ラングリー?」
「おっしゃるとおりです」
「リーム、あなたに寂しい思いをさせた責任は、確かに親にあるのかもしれません。恨まないでというのは無理な話でしょう。でも、逃げないでほしい。背中を向けずに、ちゃんとこれまでどんなに辛かったか、寂しかったか、伝えてほしいのです」
「…………」
 リームは何も答えなかった。いや、答えられなかった。そんなのしらないと叫びたい気持ちもあったが、ファラにはそう言わせない何かがあった。それでも、自分を捨てた親に会うのは、こわかった。相手が何を言うのか、自分が何を言ってしまうのか、こわかった。
 ファラは立ち上がって、横で見守っていたティナに言った。
「少しリームを借りてもよろしいかしら? 一晩でいいのよ。この子の母親がいるのはストゥルベル領だから、ティナちゃんに送ってもらうまでもなくわたくしの翼で十分」
「それは本人しだいだけど……なんでファラさん自ら?」
「ストゥルベル家はエイゼルの叔父にあたる家なのよ。つまり、リームの母親はわたくしの義理の従姉妹です」
「うあ、そんな家系に生まれちゃったわけね……」
「な、なんなんですか、ティナ、その可哀相なものを見る目はっ!?」
 勝手に話を進めていくティナに、リームがくってかかる。というか、ティナが貴族と知り合いだったなんて初めて知ったし……しかも、どうやら自分の遠縁の親戚らしいではないか。天涯孤独の捨て子として生きてきたリームは、何故かちょっとドキドキしながらちらっとファラを見上げた。そんなリームの頭をファラは優しく撫でる。
「大丈夫よ、緊張してしまうのは当たり前でしょうね。フローラも急に会えるなんて知ったら、きっと緊張で取り乱して泣き出してしまうでしょう」
「まったくもっておっしゃるとおりでしょうねぇ」
「ラングリー、先に行っておいたほうがいいのではないかしら? わたくしたちはゆっくり行きますから」
「では、仰せのままに。リーム、またあとでな!」
 ラングリーが呪文を唱えて杖をふると、紫色の光がはじけて、そして消えた。ラングリーの姿とともに。
「すごい……」
 リームは呟く。魔法についての詳しい知識はなかったが、移転の魔法がとてつもなく難しいということは知っていた。ピノ・ドミア神殿付きの魔法士でも、長い儀式と大きく複雑な魔方陣を必要としたのだ。それを杖の一振りでこなしてしまうとは。
 宮廷魔法士。『青』と並んで魔法士のエリートと称される役職だ。世界を旅してまわることの多い『青』とは逆に、宮廷の執務室で研究にこもることが多いと言われている。
 なので『青』に比べて地味な印象をいだいていたのだが……宮廷魔法士も格好いいかもなぁ、と、リームは思うのであった。
「さあ、リーム。行ってくれますね?」
「えっ!? え、いや、その……」
 突然おとずれた決断の時に、さらに思わぬ方向から追い討ちがかかった。
「んー、リーム、行くだけ行ったら? ファラさんに逆らうのは得策じゃない……ていうか、無理だと思う、普通に」
「ティナまで!? そんな、私……私、無理だよ……」
「もう、そんな泣きそうな顔しないの! 私も一緒に行ってあげるから! ……ちなみにリーム、高い場所って平気?」
「え……? 別に嫌いじゃないけど。神殿の塔の上とか、わりと好きだったし……」
 話の行方が見えないのはリームだけらしい。
 ティナとファラはお互いニッコリと視線を交わして、うなずきあった。
2007/09/13 (Thu) 03:01


 雑貨屋の開店は9の刻。リームの今までの生活よりも、ずっと朝はゆっくりだ。
 朝食を食べ、軽く掃除をして、ただひたすら店番をする。
 店主のティナはいたりいなかったり……いないことが多いかもしれない。食事は一緒にとることが多かったが、たまに丸1日いないときは裏手にある台所に材料を用意しておいてくれた。
 働き出してから7日間が過ぎ、リームも初日に比べればこの奇妙な雑貨屋に慣れてきていた。元々前向きな性格だということもあるのだろう。
 店主のティナの不思議さに対しても、耐性がついてきているようだ。商品がトンデモナイことと、どこへ行っているのか分からないこと以外は思ったよりも普通の人で(それだけで十分得体が知れないが、それはこの際おいておく)、年もそれほど離れてないからだろうか、明るくて話しやすいお姉さんというように感じる。
 問題なのは、とっても暇である、ということだった。
 7日間で客が全く来なかった日が3日あり、来ても1日に数人程度である。それさえも冷やかしがほとんどで、売れた品物は小さなカゴがひとつと、香辛料が数種類だけ。
 こんな売れ行きで大丈夫なのか、自分の給料は出るのかと率直に聞いてみたのだが、ティナは蓄えがあるから全然平気と笑っていた。
 「だって考えてみてよ。売り物の宝石をひとつよその店に売れば、買い叩かれたとしても一ヶ月は楽に暮らせるでしょ。まだ在庫はあるのよ?」
 そう言うティナの言葉は納得できるものだった。この店主、金銭感覚はおかしくはないのだ。しかし、それほどまでに裕福なのに、何故こんな怪しい雑貨屋をやっているのかは、相変わらず謎なわけだが。

 そして8日目の夕方、雑貨屋に来客があった。
 ひとりで店番をしていたリームは、扉が開く音に顔をあげ、磨いていた陶器の小物入れを棚に戻しつつ入り口のほうへと笑顔を向けた。
 「いらっしゃいませー」
 客は3人で、ひとりは老人、2人が若い男性だった。若い男性は両者とも背が高く、磨きこまれた厳つい鎧に長剣を下げていた。老人は濃紺色の仕立ての良いローブを着ており、身に着けるアミュレットを見ると魔法士のようだった。
 確かにこの雑貨屋は武器防具も扱っているし、何が起こるか分からない不思議な商品とは別に魔法具と明記された商品もある(その商品も正確な効果を保障されるものではないようだが)。戦士や魔法士が来てもおかしくはない……しかし、リームは嫌な予感を感じた。
 「リーム様……ですな。おぉ、確かに面影があるではないか……」
 感動にうちふるえるように老人が言う。リームは弾けるように駆け出した。店の奥、カウンターへ向かって。
 「お待ちくだされ!」
 老人はリームの後を追い、戦士の1人が中央のテーブルまわりこんでカウンターを飛び越え、裏口の前に立ちふさがった。もう1人は老人の少し後方につく。しかし、リームの目的は出口ではなく、カウンターの上だ。
 チリンチリィーン……
 澄んだ音色が鳴る。リームはほっと表情を和ませて、その後、老人と戦士を睨んだ。
 「帰ってください。私は貴族の養子になるつもりはないって、神殿に書き残しておいたはずです!」
 「何をおっしゃいます、リーム様。養子ではなく実の子であると、伝えてあるはずですぞ」
 「そんなの何の証拠もないじゃない! 神殿には他の子も沢山いるんだから、貴族の子になりたい娘を選んで適当に連れて行けばいいでしょ!」
 「信じてくだされ、あなたこそが、由緒正しいストゥルベル家のご令嬢なのですぞ。母君がお帰りを心待ちにしております」
 「だから、証拠がないんだから、私じゃなくてもいいでしょーが! 私は嫌だって言ってるの!」
 「ぐうぅ、この我侭っぷりは、あの馬鹿男の血筋ゆえかっ…・…」
 額に青筋を浮かべた老人は、ダンダンッと床を踏み鳴らす。リームは老人や戦士をにらみながら、ちらちらと階段や店の扉を見た。こんなときに限って、店主は戻りが遅い。
 「とにかく、母君の元へ連れ帰るのが我らの使命。あまりお暴れにならぬようお願いいたしますぞ、怪我いたしますゆえ」
 老人の言葉に、戦士が動いた。リームは再び呼び鈴に手を伸ばす。
 「いらっしゃいませ~、店主のティナです。何か御用でしょうか」
 緊迫した空気をものともせず、階段を駆け下りてきたのは、場違いな営業スマイルの店主ティナだ。
 「ティナ、遅いです!!」
 「ごめんごめん、ちょっと遠出してたのよ。で、いかがされましたか? なにか商品に不都合でも?」
 ――どうやらティナは本気で状況が分かっていないようだった。
 「ふむ。私共はとある高貴な方よりの使いでしてな、店主殿。ここにおられるお嬢様を屋敷へご案内せねばなりません。店主殿からも言ってくださるかな?」
 老人はするりと懐に手を入れると、数枚の金貨をカウンターの上に置いた。
 「騙されないでください、ティナ! こいつら、人攫いなんです!」
 「お疑いになるなら、街の治安部隊を呼んできて下さっても構いませんぞ。店主殿はご存知ないでしょうが、治安部隊でしたらこの紋章に見覚えがあるでしょうからな」 
 戦士たちの鎧に刻まれた紋章を示して、老人は堂々と胸を張った。ちょっと首をかしげるティナの表情に変化がないことを見て取ると、カウンターの金貨をさらに数枚増やす。
 「私共は急いでおりましてな。面倒なことは避けたいのです。あまり欲をかかないことですな……私共は手荒な手段を好みませぬが、そのすべが無いわけではございませぬ」
 キンッ、と戦士が鍔を鳴らした。リームは不安げにティナと戦士を交互に見つめる。ティナはやっと納得したように手を打った。
 「あぁ。もしかして、何回もリームに追跡の魔法をかけてたのって、あなたたち?」
 「えっ、ティナ、最初の日だけじゃなかったんですか!?」
 「うん、手を変え品を変えって感じでね。その都度言ってたらリーム不安になってたでしょ」
 「……なんのことかは存じませんが、ご協力いただけないと考えてよろしいですかな」
 若い女店主にまわりくどい手を使うこともないと諦めたのか、老人が素早く呪文を唱えると、光の縄がティナの胴体に巻きつき、その動きを封じた。
 「ティナ!!」
 「さぁ、行きましょうか、リーム様」
 カウンターに置いた金貨をしまうことを忘れずに、老人がリームに語りかける。しかし、その言葉が終わらぬうちに、ティナの口から呪文がつむがれた。
 「むぅ!?」
 老人が振り返るころにはすでに呪文は完成し、光の縄は霞のようにかき消える。
 「んー、やっぱり追跡の魔法は別の人かな? こんなひねりの無い魔法じゃなかったし」
 「この小娘め……シェルス=エルヘ=マーティアグバ、エレイデシィ……」
 「トレハム=ベルエ」
 ティナの呪文の一言で、老人の準備していた呪文が打ち破られる。
 老人は驚愕の表情を浮かべ、何か言うその前に、裏口で待機していた戦士が動いた。剣は抜かず、ティナにつかみかかる。ティナは余裕の笑みを浮かべ、逃げる素振りも見せないまま、ただ呪文を唱えた。そして戦士は光に覆われ、その場に倒れる。
 「おぬし、何者……」
 そう呟く老人の姿も、光に包まれる――その光はアメジスト色に染まったかと思うと、ふっと空中に溶け消えた。老人も2人の戦士も、一緒に。
 「んー、ちょっとやりすぎたかなー」
 卵焼きがちょっと焦げちゃったな~とでも言うような雰囲気のティナに、ただただ状況を見守るしかなかったリームが我に返った。
 「ティナ、すごい! 実はものすごい魔法士なんじゃないですか! もしかして、『青』に所属してたりするんですか!?」
 「いやいや、そんなことないのよー。あっちが弱かっただけ。てゆーか、リーム、詳しい話聞かせてもらえるんだよね?」
 そう言われてしまっては答えないわけにはいかず。
 カウンターの内側に椅子を2つ並べ、お茶を用意してから、隠していたわけじゃないんだけどと前置きしつつも、リームは話し始めたのだった。

            *         *         *

 リームが育ったのは、王都クロムベルクにあるピノ・ドミア神殿という場所だった。
 王都の中でも城に近い中心部、貴族の邸宅が並ぶ地域にあるその神殿は、騎士や貴族も出入りする壮麗な造りの大神殿である。
 そして、このピノ・ドミア神殿は、もうひとつの顔――孤児院としても有名だった。
 神殿に孤児院があるのは珍しいことではない。しかし、ピノ・ドミア神殿は、その孤児のほとんどが訳あって貴族の親に捨てられた子であるという事実において、他の神殿とは大きく異なっていた。
 愛人の子供であるため、未婚の母であるため、将来跡継ぎ問題をおこさないため。理由はさまざま、捨てられる年齢も様々である。どこの家の子であるか分かり、親がこっそり面会に来さえする子供もいれば、布ひとつにくるまれて神殿の前に置き去りにされそれっきりだという子供もいる。
 布施に苦労していないピノ・ドミア神殿では、孤児にも街の学校並みの教育をあたえていた。公用語の読み書き、計算から、簡単な地理まで。神殿の雑務の手伝いや、街外れの畑で農作業はあるものの、衣食住に教育までついている環境は、貧しい農村の子供などより余程恵まれた生活と言えた。

「でも私達は捨てられたんです。預けられたんじゃない。もし本当に世間から隠したいだけなら、どこか遠くの街で使用人と乳母に育てさせればいいんですから。神殿に置いていくということは、縁を切ること。それを今更、やっぱりうちの子ですーなんて、ねえ」
「うーん……でもほら、何か事情があったとか」
「事情なんてあって当然。だって、オトナの事情ってやつが全くなければ、私達は全員捨てられてなかったはずですもん」

 いくら恵まれた生活が保障されていても、自分が親にとって『存在しては困る子供』であるという現実は、子供達の幸せに影を落とし続けた。
 親は、愛する子供の幸せを考えてピノ・ドミア神殿という場所を選んだのだと、神官からは聞かされてはいるが――頭で理解はできても、素直に納得できぬ部分はある。

「そもそも最初は養子が欲しいってことだったらしいんですよ。たまにあるんです。子供のいない貴族が、そこそこ教育の行き届いた後腐れのない子供を探して神殿に来ることが」
 ふんっと鼻を鳴らすリームは、大人びた口調であるが子供っぽい怒りがありありと見えた。
「で、私が指名されたんですけど、貴族って好きじゃないんで断わったんです。そしたら、実は本当の子なのでどうしても私で、とか言い出して……信用できませんよね? ね?」
「それはまあ、そーよねぇ」
「だから、神殿から逃げ出したんです」

 前例はあった。むしろ、珍しくないことだった。
 貴族の養子になることを拒んで、あるいは神殿の規律に嫌気がさして。
 ピノ・ドミア神殿の孤児たちの間では、神官たちにはナイショの脱走方法が確立されていたのだ。
 割り当てられている身の回りの品を袋に詰めれば、ひとかかえで済んでしまう。路銀の足しになりそうなものを神殿に残る仲間達が少しずつ提供してくれる慣習になっていた。

 別れの刻は、夜が明ける前。漆黒に塗られた夜闇が、わずかに蒼みかかったころ。
 有力商人の養子となった元孤児の手引きで、商品を運ぶ馬車にまぎれこませてもらう手配まですでにできていた。
 リームは元々15歳になったら神官の道を選ばず、独り立ちしようと思っていた。夢もある。それに向かうのがちょっと早くなっただけだ。
 不安な気持ちをふりはらい、運命の女神へと祈りの言葉を呟くと、神殿を駆け出した。
 仲間達と離れ、かりそめの親の手を拒み、たったひとりで生きる道へ。

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