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散らかった机の上
ライトファンタジー小説になるといいなのネタ帳&落書き帳
Admin / Write
2024/05/06 (Mon) 00:26
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2013/07/20 (Sat) 01:32

■初秋のお茶会

「ああああああ、なんて素敵なの……っ!!! とっても似合うわ、リームっっっ!!!」
 予想通り号泣する人形のように可愛らしい姫君に、リームはもう慣れたものだった。侍女たちがハンカチを渡したり飲物を差し出したりして落ち着かせるのを見ながら、別の侍女がすすめるままにテーブルにつき、お茶を飲みながら見守る。
 すっかり風も涼しくなり中庭にはバラも咲き始めてきた初秋の晴れの日。夏の暑い時期はストゥルベル城の屋内でひらかれていたお茶会だったが、今回のお茶会は庭でひらかれていた。
 前回のお茶会で、ミハレットにローブを貰った話をぽろっとしたところ、是非着てきてほしいと泣いて頼まれたのだった。普通に話している間も半分くらいは泣いているフローラ姫なので今更という感じもするが、やはり涙ながらに頼まれると真っ向から断るのは気が引けてしまい、結局着てくるはめになってしまった。
「ご、ごめんなさいね……あんまり素敵だったものだから……うううっ、リーム立派になって……っ」
「いえ、まだ魔法のひとつも教えてもらってないですから」
「あぁ、そういえばミハレットくんに弟子として認められるまで教えてもらえないのだったわね……魔法士になるのって大変なのね……ミハレットくんもラングリーの弟子になる時はなんだか大変そうだったわ」
 それについてはミハレット自身からも聞いたことがあった。なんでも何度か死にかけたとか……本人の話なので誇大しているんだろうと思っていたが、城の使用人たちからも似たような話を聞くので、本当に死にかけたらしい。むしろラングリーが半殺しにしたらしい。それでも全力でラングリーに心酔するミハレットの思考回路は本当に理解できなかった。
「でも、ミハレットくんはとっても良い子よね。ブルダイヌ家とは昔からお付き合いがあるから、小さい頃から知っているのよ。舞踏会でも妹さんたちの面倒をよくみてたわ」
 ブルダイヌ家はクロムベルク王国の建国当時から存在する由緒正しい大貴族で、公爵家であるストゥルベル家と並ぶほどの規模なんだそうだ。そこまでは以前聞いていたが、ミハレットの兄妹のことは初めてきいた。
「ミハレットって妹がいるんですか?」
「えぇ。十人兄弟だったはずよ。ミハレットくんは六番目の子だったかしら……えぇと、お兄さんが三人、お姉さんが二人、あと弟さんが一人に妹さんが三人ね」
「よく知っていますね」
「社交界で会う相手のことを知っておくのがお仕事のようなものなの。でも十人も兄弟がいたらきっとにぎやかでしょうねぇ」
 孤児院で育ったリームはそのにぎやかさを想像することができたが、やはり貴族となると子供の頃から貴族らしくふるまうように教育されているのだろうか。おっとりゆったりした立ち振る舞いのフローラ姫を見ているとそうなんじゃないかなと思えてくる。でも、ミハレットはそうでもないか……。
 そんなことを考えていると、フローラ姫がなんだかそわそわしているようだった。侍女から渡されたハンカチのふちを意味なく整えたりしている。
「フローラ姫、どうかしましたか?」
「あ、あのね、リーム……急にこんなこと言うのもなんだけど……その、リームは弟や妹ができたら、どう思うかしら……?」
「……………はぁっ!? いるんですかっ!?」
 ガタッと椅子を蹴って立ち上がってしまい、フローラ姫はびくっと身を引いて、今にも泣きそうに目をうるうるとさせる。リームは慌てて両手をふった。
「ごめんなさい、そういうつもりじゃないんです。泣かないでください」
「い、いいのよ……そうよね、リームを孤児院に預けて親としての責任を放棄したのに、もうひとりだなんて酷い話よね……うううっ」
「あの。それで、いるんですか、いないんですか」
 ピノ・ドミア神殿にそれらしい子はいただろうか。リームは自分の記憶をたどる。あるいは、今お腹の中に……? さめざめと泣き始めるフローラ姫の腹部をなんとなく見ながらリームは思った。見た目に変化はないが、もしかしているんだろうか。弟か妹。間違いなく父親はアレ。また神殿の孤児院に預けるんだろうか。でも、自分の時は未婚の子だったからという理由だったはずだ。今はもうすでに偽装ながらも結婚をしているわけだから、ここで育てられるんだろうか……。
 しかし、フローラ姫はハンカチで涙を拭きながら、ふるふると首をふった。
「いいえ、まだいないわ」
「…………なんだ、そうですか。……まだ?」
 なんだか冷ややかな声音になってしまったことに、リームは自分で驚いた。そんなつもりじゃない。自分はフローラ姫が子供を産もうが関係ないはずだ。むしろストゥルベル家の跡継ぎができてくれたほうが何かと面倒くさくないはずだ。そうに決まってる。
「うううっ……ごめんなさい。確認して良かったわ……やっぱりやめておくわね……リームと仲良くできてるから、つい欲が出てしまったの……」
「いえ、違うんです。別に私は……」
 少し口ごもって、ぐるぐるする頭の中で自分の言いたいことを整理しながら、リームは泣き続けるフローラ姫を正面から見据えて言った。
「あの、フローラ姫。もう一度言っておきますけれど、私はストゥルベル家の養子になるつもりはありません。ここには娘として来ているわけではありません。しいて言えば茶飲み友達くらいです。……ですから、フローラ姫がお子様が欲しいと思われるのでしたら、お好きになさってください。私には関係ありませんので」
 だめだ、まだ言葉にトゲが残っている。リームは自分でも分かっていた。でも、これ以上どう言えばいいのか。思考と気持ちの歯車がかみ合わなくて、リームは下を向いて唇を噛んだ。
 ふわり、と花の香りがした。そっと頭に何かがふれる。――フローラ姫がそばに来て、頭をなでていた。
「泣かないで、リーム……ありがとう」
 泣いているのはフローラ姫のほうじゃないか。そう思いながら、リームは両手で自分の目元をこすった。フローラ姫はいつも泣いてばかりで侍女に囲まれていてふわふわとして頼りないお姫様なのに、なんでこういう時だけ母親みたいな顔をするんだろう。息づかいを感じる距離で、リームはやっと聞こえるくらいの小さな声でつぶやいた。
「……私、わりと下の子の面倒みるの得意でした。フローラ姫は小さい子の面倒みるの初めてですよね? お子様ができたら、あやしにきてあげます」
「……ありがとう。ごめんなさい、リーム……」
 背中にまわされたフローラ姫の両腕は細くて繊細で、目の前の首筋の白さなんて本当に人形のようだった。でも、人形と違って温かい。甘い花の香りは何故か安心する。記憶に残らないほど幼い頃、私はこの腕に抱かれたことがあるんだろうか。リームはフローラ姫の腕の中でそっと目を閉じた。

               *             *            *

 不思議な雑貨屋ラヴェル・ヴィア―タの閉店時間は六の刻。その時間が来る前から、カウンターにはすでに夕食の準備が整っていた。今日の夕食は、スリ魚のフライと青菜とウインナーのスープ、パンは固めのライ麦パンだ。ティナが閉店の看板を出すと、リームはひとりで食前のお祈りを済ませ、二人並んで夕食を食べ始める。
「そもそも、子供を作る予定があるんだったら、私を養子にむかえようとする必要なかったじゃないですか」
「やー、それは逆じゃない? リームが養子になってたら、もうひとり子供をなんて必要なかったのかも」
「あ、そっか……っていうか、偽装結婚してたらOKなんだったら、なんでもっと早くしておかなかったのかとっ」
「うーん、それも多分逆……リームができたから慌てて偽装結婚したんでしょ」
「責任感がっ、なさすぎるっ! 貴族ってこれだから! 毎年何人の子がピノ・ドミア神殿の孤児院に来てると思ってるんですか!」
 ストゥルベル城のお茶会から帰ったあと、ティナにフローラ姫がもうひとり子供を欲しがっているという話をしたら、今までどこにあったのか不満が次々に湧いてでてきた。なんでフローラ姫の前では全然出てこなかったのか不思議でならない。本当ならフローラ姫にこそきちんと言ってやるべきことなのに。
「……ごめんなさい。ティナに言っても仕方ないですよね」
 リームが言うと、ティナはにこにこしながら応えた。
「いーのいーの。でも、兄弟かぁ~。私は一人っ子だから、ちょっと羨ましいな。リームはどっちかというと、弟のほうがいい? それとも妹のほうがいい?」
「弟でも妹でもないですから。私は養子にはならないんですからね。でもできれば、フローラ姫に似てほしいです」
 父親になるだろうあいつには絶対似てほしくない。腹黒宮廷魔法士にそっくりの子供なんて、めちゃくちゃ気に触るガキだろうとありありと想像できる。
「ふーん。でもリームはどちらかというとラングリーに似てるよね。いろいろ物怖じしないとことか」
「似・て・な・い・で・すっっっ!!!」
 全力で否定するリームを、ティナは楽しそうに笑って見ていた。



■弟子の証

「リーム、待ってたぞ!」
「はいはい。で、今日は何をするの?」
 もうお約束となってしまったやり取りをしながら、リームはかかえた魔法語教本を塔一階応接室のテーブルの上に置いた。
 大げさにため息をついたり不平不満を示したりしても効果はないのだ。もういろいろと諦めたリームの態度は淡々としたものだった。一方、相変わらずミハレットのテンションは高い。
「ふっふっふ、今日はなっ、リームにプレゼントがあるんだ!」
「何? ローブの次は杖でもくれるの?」
「おしいけど違う! 杖も考えたがちょっと難しかった! ……やっぱり杖が良かったかな?」
「いやそもそもプレゼントとかいらないから。私はさっさとこの試練とやらを終わらせて、魔法の勉強をしたいだけで……」
「うん、そうだな。では、リームっ」
 ミハレットは姿勢を正す。
「オレは千年に一度の天才で偉大なる宮廷魔法士ラングリー師匠の一番弟子として! リームに弟子の証たるアミュレットを授けよう!」
 ミハレットが取り出したのは濃紫色の布がはられた小箱だった。リームに見せるように蓋をあけると、中には青い宝石のついた銀色のブローチが入っている。どことなくラングリーの杖を意識したモチーフだ。そういえば、ミハレットも同じものをローブの肩口につけていた。
「アミュレットといっても、まだ何も魔法は入っていない。これから勉強して自分で魔法具を作るのにぴったりだろ」
 リームはちょっと呆気にとられて得意満面なミハレットと銀色のブローチを見比べた。またこんな高そうなもの、と思ったが、ローブを受け取ってしまっている以上、そのあたりを言っても仕方がない。貴族は根本的に価値観が違うのだ。それはフローラ姫と話しててもよく分かる。それよりも、ローブと違う点は……。
「弟子の証ってことは、やっと弟子として認めてくれたの?」
 真に受けてほっとしたら、またすぐに面倒くさいことを言い出すかもしれない。リームが警戒したままに聞くと、ミハレットは少し残念そうな顔をした。
「……もうちょっと喜ぶと思ったんだけどな。んん、一応、リームが魔法士を目指す気持ちはよく分かった。師匠に対する愛はまだまだ足りないが、リームなりに師匠を大事に思っているのはこの前の件でも分かったし」
「大事になんて思ってなーいっ!?」
「そういうのを『つんでれ』というらしい。師匠に聞いた」
 あの腹黒中年タヌキ魔法士が一体何を言ったのか、想像するだけでもはらわた煮えくりかえる気分だったが、とにもかくにも、どうやら本当にこれで魔法の勉強が進められるようだ。わけのわからない試練からやっと解放される。リームはアミュレットが入った小箱を受け取った。
「ローブの代金と一緒にきっと返すから。とりあえず借りておくんだからね。ありがとう」
「あぁ、そうだな。リームは髪飾りにしても似合うんじゃないかな? そうやっても使えるように留め具を作ってもらったんだ。つけてやろうか? 鏡もあるぞ」
 時々ミハレットが妙に女性に気配りができるのは何故だろうと思っていたのだが、姉が二人に妹が三人いると聞いて納得した。リームは自分でつけるからと断って、鏡を見ながら右の耳の上あたりに留めた。アクセサリーなどつけたことがないので、ちょっと浮いてみえるんじゃないかと自分では思う。
「うん、とっても良く似合うぞ! 黒髪って素敵だな!」
「あ、ありがと……」
 この真正面から褒める感じも女兄弟がいるからなのだろうか。それとも貴族の教育の中には女性を褒めろという項目もあるのだろうか。なんとなく落ち着かないが、悪い気はしなかった。


「はっはっは、悪いが何も考えてなかった。今日は適当に自習しておいてくれ。また次回までに何か考えておく」
 笑顔でそう言い放たれて、リームは期待しながら執務室まであがってきてしまった自分を心底後悔した。
 ミハレットの試練が終わって、やっと弟子として魔法の勉強ができると思った矢先、当の師匠の発言がこれだった。本当にこいつが『青』に認められた国有数の宮廷魔法士じゃなかったら、すぐにでも弟子を辞めてやるのにと心から思う。
「リーム、そんな怖い顔するなよ。自習は基本だぞ。オレなんかこの一年、九割九分は自習で学んできたんだ」
 それは放置されているだけではないのか。押しかけ弟子ミハレットは憧れの師匠の弟子でさえあればそれで満足なようだった。でも、リームはそれでは困るのだ。
「大丈夫なんですか? 本当にシェイグエール魔法院に入れるくらいの魔法を教えてもらえるんですか?」
「心配するな。今ちょっと色々と忙しくてな。そういえば、フローラから聞いたが――」
「帰りますっ! 来週はちゃんと教えてくださいね!」
 ラングリーが妙な話を出す前に、リームは急いで執務室を出た。ミハレットもあとについてくる。
「まぁ、そんなに怒るなって。師匠はお忙しいんだ。なにせ天才的頭脳と最高の魔法力を併せ持ち国王陛下や王妃殿下からも信頼の厚い宮廷魔法士だからなっ!」
 どうやらミハレットはフローラ姫とリームの関係は知らないらしい。特にラングリーに口止めはしていないのだが(したとしても無駄だろう)ラングリーとしても話す理由がないということなのだろうか。もしばれたら、またしても面倒なことになりそうで嫌すぎる。私はただ『青』になるために魔法の勉強をしたいだけなのに。
 結局、ティナが迎えに来るまでの数刻は、ミハレットに案内された城の図書室で本を読んで終わったのだった。


■魔法の源『フィード』

 目を閉じて、耳を塞ぐ。そのまま少しうつむいて、自分の体全体を意識する。そして、全身の感覚をじわじわと広げていく。
 やがて広げた感覚が何かに触れるのが分かる。触れるというよりは、皮膚で空気の温度を感じるのに近いだろうか。黄色、緑色、青色……目には見えないのに何故か色のイメージも感じとれる。ぼんやりと霧のように形が定まらず、流れ動いているもの――世界に満ちる息吹、魔法の源『フィード』。
 それは神々の世界にある聖なる大樹『フィーグ・ラルト』から生み出された力で、聖なる大樹の子である『王の樹』グラン・リィトを通じてこの世界に供給されているという。生物でいうと血潮ともいうべき、世界にとって必要不可欠な力。そう本で読んだが、大きすぎる話であまり実感はできない。
 魔法はこのフィードを操る技術なんだそうだ。
 やっとのことで始まったラングリーの魔法指導。期待を抑えつつ執務室に向かったリームに、ラングリーは言った。
「まずはフィードを正確に感じ取ることからだ。見えるもの聞こえるものに惑わされないこと。中庭に魔法具を隠しておいたから、フィードを目印に見つけてこい。お前たちでも分かるように作っておいたからな」
「ハイッ、分かりました!! よーし、リーム、先に見つけたほうが勝ちだからな!」
「えっ、ちょっとまっ……!?」
 一緒にいたミハレットはすぐさま執務室を飛び出していってしまい、残されたリームは開けっ放しの扉のほうを見たまま二秒ほど迷ったが、くるりと振り返ってラングリーにたずねた。
「もうちょっと具体的に教えてください。フィードの見方は本で読みましたけど、目印にってどういうことですか」
「それは見てみれば分かるさ」
「ほんとですか?」
「ウソ言うわけないだろう。自然に流れるフィードと魔法で固定されたフィードは全然違う。もちろん自然なフィードの流れに似せて作ることもできるが、今回はやってないからな。ほらほら、早く行かないとミハレットに先を越されるぞ」
「ま、負けません!!」
 そう言うと、リームも執務室から駈け出していった。

           *          *           *

 突然、右後方に違和感を感じた。圧迫感と歪み、フィードの流れが渦を巻くように変化する。感じる感覚を色として表現するなら、虹色から紫色へ。その鮮やかな紫色は実際に見覚えがあった。
 リームが振り向くと、バラの生け垣のずっと向こうに消えつつある紫色の光が見えた。そして見慣れたシルエットの人影。ティナが迎えに来たのだ。
「ティナ!」
 呼びかけて手を振ると、ティナも気がついてこちらに歩いてくる。二人は噴水のそばで落ち合った。
「今日は一人なんだね。ちゃんと魔法は教えてもらえた?」
「それが、課題みたいなのが出されたんですけど、うまくできなくて……」
 リームが魔法具探しについて説明すると、ティナはふーんと言いつつ視線を左右にすべらせた。
「あぁ、なるほどね。初めての課題にしては、ちょっと難しいんじゃないかなぁ」
「えっ、見つけたんですか!? どこらへんにありますっ?」
「いやあ、私が教えちゃったら意味がないじゃない」
「せめてヒント! ヒントください!」
「えー、それじゃあねぇ……フィードっていろんな色があるじゃない? 属性によってさ。地面を流れるフィードは黄色っぽいし、空を流れるフィードは青っぽい」
「はい」
「で、混ざってるといろんな色に見えるから、属性の偏りが無いところは虹色っぽくなってると思うんだけど……こう、混ざり具合がね、不自然でおかしいなーってとこがあるのよ」
「混ざり具合……ですか?」
 リームは目を閉じて、感覚を広げてみる。ここは噴水のすぐ近くなので、水属性を示す緑色のフィードが強い。緑色と青色と、黄緑色とわずかなオレンジ色。ぼんやりとした光のようでもあり、香りのようでもあるそれは、絡まりあいながら緩やかに流れている。目を開くと、明るい庭園の光景に覆い隠されて、淡くつかみどころのない流れは把握できなくなる。
「……何が普通で、何がおかしいのか、ぜんぜん分かりません」
「うーん、そうだよねぇ。えーと、なんていうか……あ、ほら、コレとかどう?」
 ティナが自分の右耳のピアスを示す。雑貨屋のカウンターに置いてある呼び鈴と対になる魔法具だ。
「はい……ちょっとよく見せてもらっていいですか?」
 リームは再び目を閉じて、ティナのピアスのそばに右手を伸ばした。温度を感じるように手をかざすと、ぼんやりとしたフィードがよく『みえる』。
 周囲のフィードの流れとは少し違う、比較的はっきりとした色味。ふわふわと漂うのではなく、ひとつの点をまわるように緩やかに動く流れ。次第に、細く束ねられた色糸が模様を描くような流れがみえた。これが、制御されたフィードの流れ――魔法。
 リームはぱっと目を開くと、満面の笑みで言った。
「見えました! 魔法って、綺麗なんですね」
「なんとなく分かったかな。全部がこういう感じってわけじゃないけど、まずはひとつでも実際に感じてみないと分からないよね」
「そうですね。いきなりこの広い庭園の中から探せって言われても無理ですよ。すごく集中して見ないと色味とか流れの違いが分からないですもん」
 その時、ミハレットが石畳の遊歩道から蔓のからまるアーチをくぐって噴水のそばにやってきた。
「あぁ、ティナ殿、ごきげんよう。リーム、今日はもう帰るのか?」
「えっと……」
 ティナの顔をうかがうリーム。ティナはニコニコと手をふる。
「いいよ、見つかるまでがんばって。別に早く帰らなきゃいけない用事があるわけでもないし。ミハレットくんは見つけたの?」
「いえ、まだです。さすがは世界最高峰の魔法士、千年に一度の天才である師匠が出された課題っ、なかなか手ごたえがありますっ。ティナ殿は師匠の塔でお待ちになりますか?」
「そうだね、フィード感知の邪魔しちゃ悪いし、そうしよっかな」
 ミハレットのティナに対する態度が随分丁寧になっているのは、ラングリーから何か聞いているからだろうか。それとも単にラングリーのティナに対する態度を真似ているだけなのだろうか。あとで探りを入れてみようと、リームは思った。


■執務室にて

 執務室の扉がノックされ、ラングリーは魔法具を手にした弟子たちが入ってくるものだと思ったが、しかしそこにいたのは長い金髪をひとつにまとめた少女姿の例のアレであった。
「これはティナ殿。お迎えの時間ですね。リームは庭園にいたはずですが」
「うん、さっき会ったよ。まだ課題が見つからないんだって。初っ端からあれは難しすぎるんじゃないの?」
 ティナはリームが普段使っている椅子に腰かけながら言う。ラングリーは読んでいた書物を閉じて立ちあがった。
「この俺の弟子ですからね、あれくらいできなきゃ話にならないですよ。お茶でも淹れましょう。日が暮れるまでやってるでしょうから」
 棚からティーポットとカップを取り出すと、小声で呪文を唱えながら横に置いてある茶葉の缶の蓋をあける。ティーポットの蓋をとり茶葉を入れる頃には、ポット中には湯気の立つお湯が満ちていた。
「へぇ、それいいね。ポットに水と火の魔法が刻みこんであるんだ。お店に置いてみようかな」
「このタイプの魔法具は魔法士じゃないと使えないですよ。貴女の雑貨屋の目的とずれている気がしますが?」
 ティーポットとカップ、そして角砂糖が入った小鉢をトレイに乗せ、ティナが座る長机に運ぶ。ティナは目の前に置かれたティーポットをまじまじと観察した。
「別にそんなことないわよ。この世のありとあらゆるものを並べられるようになるのが目標なんだから、魔法具だってあってもいいし」
「まだその段階じゃないように聞いてますけれどね。鉄鍋は溶けませんし、ホウキは踊らないですよ」
 茶化すような笑顔で言うラングリーに、ティナは眉根を寄せた。
「う……だって、難しいのよっ。ラングリーだってやってみたんだから分かるでしょ?」
 その言葉に、今度はラングリーのほうが眉をしかめる。
「だから、俺を同列に並べないでくださいよ。一介の魔法士にすぎないんですからね。前にも言いましたが、貴女はもうちょっと自覚を持った方がいいと思います」
「あははは、それすっごいよく言われるー」
 屈託なく笑うティナに、ラングリーは肩をすくめて自分の机のほうに戻った。椅子にはかけずに、窓の外、中庭を見下ろす。四の刻を少し過ぎ、日は傾きかけているもののまだ明るい。
「リームにはいつ話すのですか?」
「え?」
 ティーポットの蓋をあけてお茶の出具合を確かめていたティナがラングリーへ視線をあげた。
「魔法を学び始めたら、遅かれ早かれ気づくということは分かってたはずですよね? 誤魔化し続けるのは無理ですよ」
「うん……だけど、ねぇ、ほら。みんながみんなラングリーみたいな感じじゃないしね? いくら父娘だといってもね?」
「そうですね。分かりますよ。……ティナ・ライヴァート殿」
 ラングリーは窓の横の壁に背をあずけ、腕を組んでまっすぐティナを見据えた。
「俺じゃダメですか?」
 ティナは一瞬ぽかんとした表情をする。
「……え? ごめん、悪いけど全然興味ないし、フローラさんが泣き死ぬと思うんだけど」
「何言ってるんですか、俺がフローラ以外に興味を持つわけがないでしょう。リームの代わりですよ」
 ラングリーはやれやれと頭をかきながら自分の肘掛け椅子に腰をおろした。
「思うに、貴女には『普通の人間』の視点が必要なんですよね? だからわざわざ人間の街に店を開いているのでしょう? 俺だったら貴女の正体をすでに知っていますし、その上で普通の人間としての意見もできると思いますよ」
「あ、あぁ、そういう……あはは、そうよね。えーっとね……」
 ティナは笑って誤魔化しながら、ティーポットからお茶を注いだ。琥珀色の香茶がカップを満たす。
「なんか、うまく言えないんだけど……私が必要としてるのはたぶん、普通の人間の視点っていうか……そう簡単に代われるようなモノじゃないんだと思う。うん。ラングリーはラングリーですごく助かってるんだけどね? 『青』からの目隠しにもなってもらってるし、こうして話してても色々とためになるし」
「そうですか。まぁ貴女の決めることに対して口を出せる立場でもありませんでしたね。失礼しました」
「ううん。参考になる意見をありがと」
 ティナは香茶を一口飲んで、ふと気づいたように言った。
「ねぇ、もしかして、リームだけじゃなくて、私のことも心配してくれた?」
「どちらかというと『世界』を心配したというほうが近いかもしれませんよ」
「あー、そっちか。うん。ごめん。みんなに心配かけてるのは分かってる。でもそんなヒドイことにはならないと思うからさ。大丈夫だよ、たぶん」
 にこっと笑う表情の裏表のなさに、ラングリーは再び深くため息をついた。こいつは心の底からそう思ってるんだろうな。まったく悪意がないだけに純粋に恐ろしかった。
「そうですね。そうあるように祈っておきます」
「ん……また会えるの楽しみにしてるって」
「…………」
「あ、ごめん」
「……いえ、大丈夫です。そうですね、近いうちに」
 ラングリーは目を閉じて、脳裏に焼きついた姿に祈りをささげた。
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