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散らかった机の上
ライトファンタジー小説になるといいなのネタ帳&落書き帳
Admin / Write
2024/05/19 (Sun) 07:41
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2010/04/13 (Tue) 00:34

(4)店主の知人

 しとしとと細い雨が落ちていた。
 庭園に咲く色とりどりの花は、空を覆う雨雲の下でも尚あざやかだ。宝石のような雫に全身を飾っている。
 常に雨露をまとう魔法の花というのもいいかもしれない。今度フローラへの贈り物にしよう。
 高い塔にある執務室の窓から庭園を見下ろす男は、頭の中で複雑な呪文を組み立てながら遠き地の愛する人を想った。
 と、その窓に、小さな小鳥が飛来した。地味な茶色い翼の、どこにでもいるような小鳥だ。
 小鳥は男のさしのべた手にとまると、ふわっと光をまとい、次の瞬間には空中に小さな映像を浮かび上がらせた。
 街の商店街で、黒髪を肩までおろした少女が買い物をしている。メモを見ながら買っていく品物は、さまざまな日用品だ。小さな体にあまるほどの袋を抱えて よたよたと通りを歩いていく。
 通りの商店がまばらになったころ、少女はある店に入っていった。見た目はどこにでもあるような店構え。看板には青地に黄色の文字で雑貨屋ラヴェル・ヴィアータと書いてある。
『ティナ~、ただいま戻りました~』
『お疲れ様! 重かったでしょ。そこらへんにまとめて置いておいてくれればいいから』
 店の奥に入っていく黒髪の少女。迎え出た金髪をひとつに結った若い女性は黒髪の少女を先に行かせ、自らは店の戸口から真っ直ぐこちらを見つめた。――映像を見ている男と目が合うほどに。
『どこの誰だか知らないけれど、しつこいのね~。今度は本物の鳥を触媒に使ってるの?』
 女性のさしのべた手元に、ぐっと映像が引き寄せられる。女性が呪文を唱えたそぶりはない。ありえないことだった。
『あれっ、違うんだ。スゴイ……どーやってんの、これ?』
 すっと光が消え、映像はそこで終わった。男の手にとまっていたと見えた小鳥は、魔方陣の描かれた羊皮紙へと姿を戻す。
 金髪の女性。名前がティナ。なにより、あの不条理な魔力と、その隠し方の稚拙さは。
「まったく。なんてとこに転がり込んだんだ、お前は……」
 苦笑を含んだ呟きをもらすと、男は執務室を出て行った。このままずっと様子をみているわけにもいかない。状況を動かすためには……助力を請う必要があっ た。

          *      *      *         

「それで、これ、どうするんですか? 新しい商品なんですか?」
「まぁ、そういうことね。良いモノなら、だけど」
 リームが買ってきた品物をひとつひとつ確かめながらティナは言った。リームはうんうんとうなずく。
「それがいいですよ! 飛び跳ねるお皿とか甘い胡椒とか、ヘンテコなものを卸す仕入先とは、縁を切ったほうがいいですって」
 リームを狙う老人たちが現れてから5日。それ以降追手もなく、いつも通り平和に雑貨屋を営む毎日だった。
 ただ、雑貨屋ラヴェル・ヴィアータの『いつも通り』は、ひたすら暇で、たまに来るのは肝試し気分の少年達やら妙な商品を返品しに来た客やら、という日々であったりする。
 皿もほうきも武器もアクセサリーも、仕入先はもちろん別々の職人のはずなのに、どうしてこの雑貨屋にはヘンなものが集まってきてしまうのか。不思議というより呪われているようだった。
「ほら、ティナ。この小皿可愛い! サロメイッテ村の品物ですよ。良いんじゃないですか?」
「うん、いいかもね。サロメイッテ村って……有名なの?」
「知らないんですか? あぁ、ティナは他の国の出身だっけ。西のシェシェ湖の側にある、国で一番陶器が有名な村ですよ」
「そうなんだ~」
 とりあえずその日はこれが良いあれが良いと相談しながら、客の来ない1日を閉店まで楽しく過ごしたのだった。

 今日の晩御飯はベーコンと野菜の麦粥、小魚チェチェムの唐揚げ、デザートにトゥムベリーの蜂蜜漬けまである。あいかわらず豪華な食事だ。
「ねぇ、ティナ、そろそろあの話考えてくれました?」
「え? あの話って……あぁ、そうだ」
「あ! ティナ、忘れてましたね!? ひどいです、私にとってすごく重要なことなんですよ!!」
「ごめんごめん。でもやっぱり、他人に教えるとなると難しくて」
「そこをなんとかお願いします! 魔法士になるのが私の夢なんです!」
 ティナが実力のある魔法士だと分かったときから、リームはティナに魔法を教えてくれと頼み込んでいた。
 しかし元々魔法士は素質がないとなれるものではない。そよ風を起こす程度の些細な魔法なら、呪文を正しく発音できれば多くの人が使うことができるが、実用性のある魔法となると、扱えるのは本当にわずかな才能ある者だけだ。
 ティナは一番にそれを話してリームの頼みを断わった。しかしリームもそう言われることは十分予想していたようだった。
「れ、レィ……レェ……фжη=бп」
 つっかえながらリームが呪文を唱えると、手のひらの上に光の球が生まれた。それはしだいに大きさを増し、両手からあふれるほどの大きさになるとフッと空気に溶けるように消えた。
 子供の遊び程度に使われる魔法で、一般的には指先程度の光を生み出すことができる魔法だが、光球の大きさが大きいほど魔法の才能があるという指標にもよく使われるものだった。
 リームの作り出した大きさなら、十分魔法士になれる可能性があるものだと、孤児の仲間達の中では言われていた。ただ大人には見せたことがなかった。神官に見つかると神殿付きの魔法士になるよう教育されるので、孤児たちはほとんど皆、大人に魔法を使った遊びを見られることのないよう気をつけていたから。
 それくらいじゃ魔法士になれないと否定されたらどうしよう、と、不安げにティナの様子をうかがうリーム。
 ティナはどこか痛いのかと思うぐらい眉間にしわを寄せて悩んでいた。ちょっと待って、と言うと、片手をこめかみあたりに当てて、たっぷり2分ぐらい悩んでいた。
「……んーっと、ね。リーム。たぶんリームは魔法の才能はあると思う。でも私は、ちょっと……自己流? っていうか、きちんとした系統の魔法を学んでなくて……教えるのは無理かなーって思うの。うん。……はぁぁ。そっかぁ、リーム、魔法に興味あったんだー……」
 リームはティナが何故ため息まじりに話すのか分からなかったが、魔法の才能があると言ってもらえたことだけで、不安で重かった気持ちが一気に羽のように軽くなった。
「才能、ありますか!? やったぁ! ティナ、私、がんばります! 別に魔法学校みたいに教えてくれなんて言いませんから、ティナのやり方で教えてもらえませんか! お願いします!」
「え、ちょ、うん、分かった、考えておくよ、だからちょっと落ち着いて、リーム」
 がっしり手をつかまれてキラキラした目で見上げられて、ティナは仕方がなくそう言ったのだった。
 そして今日。夕食中に再びリームに詰め寄られたティナは、軽く溜息をついてリームの頭をこづいた。
「何度も言うけど、本当に私に魔法を教わるのはリームのためにならないと思うの。ちゃんとした師匠につくなり、魔法学校に行くなりしたほうがいいと思う。素質ある人は少ないんだから、引く手あまたでしょ」
「でも、だから危険なんだっていうのが、神殿での常識でしたよ。孤児の仲間でも、魔法の才能があるって分かったら、あやうく誘拐されかけたなんていう子もいました。そしてすぐ貴族にもらわれてっちゃいましたよ」
「貴族のところにいたほうが、魔法をしっかり教えてもらえるんじゃない?」
「とんでもない! 貴族付きの魔法士になんてなりたくないです。私は『青』になりたいんですから!」
「うわ……」
「そんな顔しないでくださいよー、夢は大きくたっていいじゃないですかっ」
 ティナの表情を勘違いしたのか、リームはちょっと照れながら言った。ティナとしては別にリームが『青』になりたいということをばかにした意味ではなかったのだが。ただティナにとってかなり都合が悪い夢ではあった。
「そ、そうね。夢は大きいほうがいいよね……。だったら尚更、ちゃんと基本から学んだほうがいいと思うわけよ。魔法士の私が言うんだから本当よ」
「そ、そうなんだ……うーん……分かりました。残念ですけど、ティナから教わるのは諦めます。でも、たまに魔法見せてくださいね?」
「あぁ、うん、そうね……あははは」
 笑って誤魔化しながらチェチェムの唐揚げを食べるティナ。その様子を見ながら、年のわりに聡明なリームは何か隠し事があるんじゃないかと思いはしたが、この店主に謎が多いのはいつものこと、と、あまり深くは考えなかったのだった。


 翌日。
 リームが開店準備をしていると、ティナが大きな木箱を抱えて階段を降りてきた。
「あ、リーム。そこのテーブルの上のコップ寄せて、これ並べてくれる?」
「はーい」
 木箱には屑布に包まれた食器のようなものが沢山入っていた。一枚一枚布から取り出してテーブルに並べていく。柔らかいミルク色をしたその食器は、落ち着 いた紅色の線で装飾がほどこされていた。その独特な紋様は、クロムベルク国では有名で。
「サロメイッテの皿じゃないですか! もう仕入れたんですか!」
「うん、リームも薦めてたじゃない」
「そりゃそうですけど……昨日商隊来てましたっけ? よその店から買い取ったんですか?」
 昨日は買い物から帰ってからずっとティナと一緒にいたので、ティナはよその店に行ったりはしていないはずだった。部屋から魔法を使った手段で仕入先と連絡を取ったとしても、今朝納品の馬車は見ていない。
「ま、独自のルートってやつね」
 そんな得体の知れないルートを使うから、商品もアリエナイ欠陥品だったりするんじゃないかなぁ。
 笑顔のティナとは対照的に、リームは眉をひそめて真新しい皿を見つめるのだった。

 西の空、雲の合間から見える陽光は、わずかに赤みを帯びはじめていた。
 結局、新しく店に並んだ皿も1枚も売れず。リームは暇をもてあましてカウンターに座っていたが、突如として店を取り巻く無数の光球があらわれ、バチバチバチっと何かがはじける音が鳴った。
 それと同時に、2階から駆け下りてくる足音。
「リーム、無事っ!?」
 店の外にある光から、ひとつ、ふたつと、店の入り口から中に入ってくる。リームの隣に立ったティナが素早く呪文を唱えるたびに光の球は 霧散していく。しかし、店の外にある光球は減る様子を見せない。
「前のじーさんと違って、わりとやるみたいね!」
 ティナが呪文をつむぎ両手を広げると、生まれた風が店の外へと向かう。光球は明滅を繰り返し全て消えかかるも、また新たに別の色みをおびた光が現れた。
「うあ、そこまで編み上げてくる?」
 うんざりした声音で言うティナ。リームには何が何だか分からない。複雑極まりない魔法のやり取りが行われているらしいことを想像するしかなかった。
 しばらく光とティナの呪文の応酬が続いていたが、とうとうティナが音をあげた。
「これだから人間の魔法士って厄介なのよね……もー、めんどくさい!」
 トン、とティナが片足を鳴らした。すうっと、周囲の全ての音と光が消える。幻が消えるようにあっけなかった。
 そこには何事もなかったように、ただ昼下がりの雑貨屋、いつもの店内だ。
「な、なんだったんですか……」
「さーあ? 本人に聞いてみれば?」
 ぱちんとティナが指を鳴らすと、店内に紫色の光の魔方陣が現れた。その光に包まれて姿をあらわしたのは、黒を基調にしたローブをまとった男だった。外側にはねた黒髪と若草色の瞳、端正な顔立ちは若々しいが、30代そこそこには見える。その男が持つ細身の銀の杖が職業を語っていた。驚愕の表情を隠しきれてない様子で、周囲を見回した後、ティナに視線を向けて、とってつけたように微笑んだ。
「初めてお目にかかります、ティナ・ライヴァート殿」
「ふーん、私のこと知っててやったんだ?」
「というよりも、隠そうとなさってなかったでしょう」
「途中から面倒くさくなっちゃってねー。本当、あんな複雑な魔法久しぶりに見たよ」
「お褒めいただいて光栄。ちょっと力試しをしてみたかっただけでね。大目に見ていただけると助かりますよ。俺はただリームを説得しに来ただけなんですから」
「――わ、わたし!?」
 すっかりティナ関連の来客だとばかり思って状況を眺めていたリームは、思わず叫んでしまった。男性そんなリームを優しげな笑顔で見つめる。
「そうだぞ、リーム。意地張ってないで、母親に会いに行ってやるんだ。心配してるだろう」
「わ、私に母親なんていないし、いらない!」
「あー、それ、フローラが聞いたら泣くな。間違いなく号泣だ」
 何故か男性どこか楽しげだった。ティナに視線を移して言う。
「ティナ殿も思いませんか。養子になるとしてもならないとしても、一度母親に会って、言いたいことがあるなら本人に直接言うべきだってね」
「思わないわけでもないけど、私の店に魔法をふっかけてくるよーな人の言う事聞きたくないわね」
 剣呑な視線のティナに、男は肩をすくめた。
「あなたのような方の側にリームを置いておきたくない気持ちも分かってくださいよ。あなたが何者であるか知ってる人間なら、多かれ少なかれそう思うと思いますよ」
「……ほんとに知ってるの? 知っててその口のきき方ってちょっと神経疑うわ」
「はっはっは、それはお褒めの言葉ですか?」
 陽気に笑う男性に、ティナも毒気を抜かれたようだ。カウンターの椅子に腰掛けて、リームに問う。
「で、どーするの?」
「どうするも何も……貴族のとこなんて行きたくないし、母親だなんて言う人に会いたくもない」
「……そう」
 ティナは何か言いたげな沈黙を落とすも、魔法士の男に視線を戻した。
「まぁ、そういうことだから。今回は見逃してあげるけど、次回はないからね。さようなら」
 ひらひらと手を振るティナに、男は余裕の表情でうなずいた。
「仕方ありませんね。切り札にご登場願うとしましょう」
 男性は店の窓をふり返り、合図を送った。キィ、と店の入り口の戸が開く。
 入ってきたのは、銀糸の刺繍が入った紺のドレスに紫のショールを羽織った女性だった。波打つ艶やかな黒髪は銀の髪飾りで留められて、紫の瞳は深く落ち着いた光をたたえていた。
 ガタンっと椅子を蹴ってティナが立ち上がる。その表情は、驚きよりも困惑が強い。
「ファラさん!! なんで……!?」
「久しぶり、というほどでもないかしら。ティナちゃん。3ヶ月ぶりぐらいね」
 ファラと呼ばれた女性は、深く柔らかい声と優雅な口調に似合わぬいたずらっぽい微笑みを浮かべ、視線で魔法士の男性を示した。
「ラングリーは、宮廷魔法士なの。さっきの魔法は見事だったでしょう。ごめんなさい、私も許可してしまったのよ。ティナちゃんも良い勉強になるかと思っ て」
「宮廷魔法士……なるほどね!」
 ティナの視線に、大仰なお辞儀で答えるラングリー。小憎らしい笑顔は、どこか愛嬌があった。
 ファラは、状況が把握できず傍観しているリームに目の高さを合わせて語りかけた。その口調はどこまでも優しい。
「初めまして。わたくしはファラミアル・サティアス。あなたがリームね」
「はい……」
「ごめんなさい。あなたの親があなたを手放さざるを得なかったのは、わたくしのせいでもあるの」
「!?」
「でも、あなたの親はあなたの誕生をとても喜んでいたのよ。神殿に受け渡した後も、毎日のように魔法で様子を見ていたの。そうよね、ラングリー?」
「おっしゃるとおりです」
「リーム、あなたに寂しい思いをさせた責任は、確かに親にあるのかもしれません。恨まないでというのは無理な話でしょう。でも、逃げないでほしい。背中を向けずに、ちゃんとこれまでどんなに辛かったか、寂しかったか、伝えてほしいのです」
「…………」
 リームは何も答えなかった。いや、答えられなかった。そんなのしらないと叫びたい気持ちもあったが、ファラにはそう言わせない何かがあった。それでも、自分を捨てた親に会うのは、こわかった。相手が何を言うのか、自分が何を言ってしまうのか、こわかった。
 ファラは立ち上がって、横で見守っていたティナに言った。
「少しリームを借りてもよろしいかしら? 一晩でいいのよ。この子の母親がいるのはストゥルベル領だから、ティナちゃんに送ってもらうまでもなくわたくしの翼で十分」
「それは本人しだいだけど……なんでファラさん自ら?」
「ストゥルベル家はエイゼルの叔父にあたる家なのよ。つまり、リームの母親はわたくしの義理の従姉妹です」
「うあ、そんな家系に生まれちゃったわけね……」
「な、なんなんですか、ティナ、その哀れみの目はっ!?」
 勝手に話を進めていくティナに、リームがくってかかる。というか、ティナが貴族と知り合いだったなんて初めて知ったし……しかも、どうやら自分の遠縁の親戚らしいではないか。天涯孤独の捨て子として生きてきたリームは、何故かちょっとドキドキしながらちらっとファラを見上げた。そんなリームの頭をファラは優しく撫でる。
「大丈夫よ、緊張してしまうのは当たり前でしょうね。フローラも急に会えるなんて知ったら、きっと緊張で取り乱して泣き出してしまうでしょう」
「まったくもっておっしゃるとおりでしょうねぇ」
「ラングリー、先に行って知らせておいたほうがいいのではないかしら? わたくしたちはゆっくり行きますから」
「では、仰せのままに。リーム、またあとでな!」
 ラングリーが呪文を唱えて杖をふると、紫色の光がはじけて、そして消えた。ラングリーの姿とともに。
「すごい……」
 リームは呟く。魔法についての詳しい知識はなかったが、移転の魔法がとてつもなく難しいということは知っていた。ピノ・ドミア神殿付きの魔法士でも、長い儀式と大きく複雑な魔方陣を必要としたのだ。それを杖の一振りでこなしてしまうとは。
 宮廷魔法士。『青』と並んで魔法士のエリートと称される役職だ。世界を旅してまわることの多い『青』とは逆に、宮廷の執務室で研究にこもることが多いと言われている。
 なので『青』に比べて地味な印象をいだいていたのだが……宮廷魔法士も格好いいかもなぁ、と、リームは思うのであった。
「さあ、リーム。行ってくれますね?」
「えっ!? え、いや、その……」
 突然おとずれた決断の時に、さらに思わぬ方向から追い討ちがかかった。
「んー、リーム、行くだけ行ったら? ファラさんに逆らうのは得策じゃない……ていうか、無理だと思う、普通に」
「ティナまで!? そんな、私……私、無理だよ……」
「もう、そんな泣きそうな顔しないの! 私も一緒に行ってあげるから! ……ちなみにリーム、高い場所って平気?」
「え……? 別に嫌いじゃないけど。なんで……?」
 話の行方が見えないのはリームだけらしい。
 ティナとファラはお互い視線を交わして、にっこりとうなずきあった。


(5)夜空を飛ぶ

 空は東の空から青紫と濃紺に染め上げられていき、わずかに西のかなたに橙色がほっそりと残るばかりとなった。
 街の家々は夕飯時だろう。通りを歩く人の姿は少なく、ただ食堂兼酒場は活気づいている。主要となる大きな通りには治安部隊が点々と魔法の明かりを点けていた。
「わざわざ今から行かなくてもいいと思うんですけど……」
 不満げに呟くリーム。ファラとティナの3人で歩いているのだが、貴族の奥方と、身の回りを世話をする少女×2にしか見えないだろう。この街で貴族を見か けることがないわけではないが、日も暮れるというのに武装した従者が1人もいないというのは珍しいかもしれない。
「こういうのは思い立ったが吉日なのよ」
「そうですね。残念ながらわたくしも日々の勤めがある身ですから、付き添える時間が限られてきますし」
 だったら私は別に母親(らしき人)になんて会わなくってもちっとも問題ないんだけどー。
 とは、この貴族の奥方には、さすがに言う気が起きないリームであった。
 ピノ・ドミア神殿に来る貴族は何十人も見たことがあるが、ファラほど纏う空気が違う貴族は滅多にいなかった。華やかでいて重厚な、つい目を惹かれてしま う、それでいて畏まってしまうような存在だ。
 本当にこんな人の親戚が自分の親なのだろうか……あれ? でも義理のってことは血はつながってないんだな。
 そんなことを考えていると、ティナとファラが立ち止まった。魔法の明かりの並ぶ大きな通りを過ぎ、民家の並ぶ地域に差し掛かったところだ。そろそろランプが欲しい薄闇の中、夕飯をかこむ家族の楽しげな声がわずかに聞こえてくる。
「このあたりでよろしいのかしら?」
「ま、うちの店から離れてくだされば、どこでもいいんですけどね。えーと、上に行ったほうが?」
「えぇ、もちろん。広さが足りませんから。お願いできますかしら」
「お安い御用ですよ」
 相変わらずリームから見ればワケのわからないやり取りをした後、ティナは呪文を唱えだした。つっと地面に光の輪が描かれ、リームたち3人を囲む魔方陣を描き出す。
 その魔方陣は最初は分からないほどゆっくりと、しだいに速度を増して上空に浮かび上がった。上に乗る3人ごと宙に浮き上がる形となり、バランスを崩しかけたのはリームだけだった。
 ティナにしがみつきながら下を見下ろすと、並ぶ民家がぐんぐんと小さくなっていく。通りに点々とならぶ魔法の明かりと、家々のランプの明かりが集まって、ひとつの光の絵を成しているようだ。
「すごーい……きれい!」
「こんなので喜ぶのはまだ早いわよぉ、リーム。これからファラさんの背に乗って優雅な夜空の旅なんだから」
「せにのって?」
 何かを聞き間違えたのだと、リームは思った。
 ティナは意味ありげな笑顔でファラに視線を送り、ファラはにっこり頷いて魔方陣から1歩踏み出した。
 あっとリームが息をのむより早く。
 街へと落下するファラは漆黒の闇に包まれた。
 東空の果てから広がる夜闇より、なお濃い闇。
 闇は刹那に大きく膨れあがり、リームは魔方陣の下で巨大な何かがバサリと羽ばたくのを聞いた。

          *      *      *         

 それは遠く地上から見上げるよりもずっと大きく、そしてしなやかだった。
 リームの手のひらほどもある漆黒の鱗は、わずかな残陽に輝いてきらきらと宝石のようだ。
 その宝石が敷き詰められた場所に、リームはいた。
「な、なななな、なにが、どーゆうっっっっ!?!?」
「あっはっは! 落ち着いてよ、リーム!」
 腹の底から笑うティナにばんばんと背中を叩かれても、リームは一向に落ち着けなかった。
 目の前には黒い宝石のような鱗が覆った背。ほっそりとした首に続き、体に対して小さな頭には2本の角が生えている。左右には大きな皮膜状の翼。これだけ 大きなものが側で動いているのに突風を感じないのは、結界のおかげなのだろう。竜は翼ではなく魔法で飛ぶという。
 ――そう、竜、なのだ。
 リームはクロムベルク王国を守護する黒竜の背に乗っていた。
「ファラさんの名前って、国民にあまり知られてないんですね」
『竜にとって名前は神聖なものですから。あまり広まらないようにしているのですよ』
 音ならざる音が声となって耳に届く。音でないことは確かなのに、人間はそれを音として捉え、声として認識した。ファラが人間の姿をしている時と全く同じ、柔らかく暖かい声だ。
「……お、王妃様……?」
『なんですか? リーム』
 呆然と呟いた言葉にさも当然のように応えられて、リームはふうっと気が遠くなるような気がした。
 夢だとしても突飛すぎる。何故、飛ぶ姿を見上げて祈っていただけの一般国民たる自分が、畏れ多くも王妃様の背に乗っているのだろうか。溶ける鍋よりも飛 び跳ねる皿よりもずっとアリエナイ。
『……大丈夫ですか、リーム。飛ぶ速度が速すぎますか? 結界を張っているので大丈夫なはずですけれども』
「ほら、リーム、石像みたく固まってないで、まわりを見てごらんよ。昼は昼できれいだけど、夜の風景も良いもんよ」
 反応のないリームにファラとティナが声をかける。しかし、その声も耳に入らないようだった。
「……なんで、どうして……こんなことに。やっぱりお祈りせずに神殿を抜け出したから罰があたったのかなぁ? あぁ、光のヴォルティーン様、運命のメビウ ス様、時空のクロノス様、大樹のフィーグ・ラルト様、どうかお許しください。そしてか弱き人の子に祝福を……」
 目をつぶって祈りの言葉を呟くリームには、その祈りの言葉を聞いてなんとも微妙な表情をするティナは目に入っていなかった。
「あー、ファラさん、ストゥルベル領ってどこにあるんだっけ?」
『北西の方角です。領都のストゥルベルは港町なのですよ。そうですね、大体2刻もあれば到着するでしょう』
「ふーん。そこの領主の娘なわけね、リームは。さらに、母親がファラさんの義理の従姉妹……ってことは、エイゼル様の従姉妹?」
『えぇ、先王の弟君がリームの祖父にあたるのです。弟君には娘しかおりませんから、今のところリームがストゥルベル家の跡継ぎということになります』
「うーん、聞いてるだけでややこしそうな家柄ね」
 聡明なリームは聞こえてくる会話を聞こえなかったことにした。自分の理解を超えているし、理解したくもない。
 意を決してピノ・ドミア神殿から逃げ出したのに、その意味が全くなくなってしまった。
 このまま屋敷に連れて行かれたら、なし崩しに貴族の娘として籠の中に囚われてしまうのではないか。
 リームはティナの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「ティナ……私は貴族の子になるなんてイヤ。これからも雑貨屋で働きたいし、お金を貯めたら魔法学校にも行きたいです。もし、屋敷に閉じ込められそうになったら、連れて逃げてくれますか?」
 ティナは笑ってリームの頭を撫でた。
「そんな心配してたの? だいじょーぶよ。会うだけだって、ファラさんも言っていたでしょう。万が一、リームの意に反して手元に置こうとしたとしても、私 が絶対連れ出してあげるから」
『ふふふ、ティナちゃんの保障があれば、これ以上心強いことはありませんね。リームは良いお店を選んだものです』
 王妃様と旧知の仲らしいこの不思議な雑貨屋の店主は、一体何者なのか。想像もできないけれど、リームは店主に頼るしかないのだった。
 

(6)親らしき人

 雲の合間からちらちらと星がきらめく夜。
 港町ストゥルベルの高台にある領主の城に、黒く巨大な影が舞い降りた。
 魔法の明かりでそれを向かえる魔法士たち。一列に並ぶ衛兵たち。中庭は物々しい雰囲気に包まれている。
 ティナとリームがその背から降りたのを確認すると、黒き竜は闇に包まれてその形を変えた。
「王妃ファラミアル殿下とそのご友人、ご到着ーー!!」
 衛兵達の敬礼に、優雅にドレスの裾を払いながらファラミアルは微笑みで応えた。

「……やっぱり帰っちゃダメ?」
「何言ってんのよ~。ここまで来たんだから、顔ぐらい見ていきなよ」
 ふかふかの絨毯が敷かれた石造りの廊下を、女中に案内されながら歩いていく三人。
 リームにしがみつかれっぱなしのティナは相変わらずの笑顔だ。やたら仰々しい出迎えにも、城の重厚な装飾にも何の驚きも受けないようで。
「ティナって……宮廷魔法士だったんですか?」
「え、何で???」
 そのリームの質問にこそ、一番驚いたようだった。
 お召し物をご用意いたしました、と案内されたのは、衣裳部屋だった。つやつやと光る上質の布でできたドレスは、どれも繊細な刺繍のレースがふんだんにあしらわれており、街の店では見たこともない。しかし、リームは頑なに着替えを拒んだ。それが自分に似合うとは到底思えなかったし、なんだかドレスを着てしまえば貴族の世界に入ってしまうような気がしてイヤだったのだ。
 侍女にしか見えない姿の自分を見れば、母親だと自称する人も子供にするなんて言わないに違いない。
 そう思いながら……胸の奥は何故か重かった。

「わたくしは、別の部屋に居りますわ。リーム、緊張しなくていいのよ。いつも通りのあなたでいてちょうだい」
 侍女が左右に控えた大きな扉の前。ファラは優しくリームに声をかけるが、リームは緊張の余り言葉が出ず、ただこくこくと頷くしかなかった。
「あー、私も別室にいたほうがいいのかなー?」
「ダメ! それはダメ!!」
 この上ティナにまで離れられたら不安すぎる。リームは必死の思いでティナの服を掴んだ。もうティナの服のすそは握られっぱなしでしわくちゃだ。
「わーかった、わかったから。ほら、さっさと行きましょ」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ心の準備が……」
「んなもん、いつまでたってもできないものでしょ。さ、お願い」
 ティナが侍女に合図すると、目の前の扉がゆっくりと開かれた。
 リームは、どきどきと鳴る自分の心臓の音でまわりの音がよく聞こえない。
 ――部屋の中は白を基調とした家具が並び、豪華な中にもスッキリとした調和のある部屋だった。
 花が飾られたテーブルセットと柔らかそうなソファは無人。奥に続くもうひとつの部屋に、なんだか人だかりが見えた。
「ほら、行くよ」
「うぅ……」
 ティナに半ば引きずられるように部屋へ入るリーム。奥の部屋には、何人もの侍女に囲まれて、床にうずくまっている女性がいた。背を向けているので顔は見えないが、流れるような金髪がごく淡い桃色のドレスに映える。
「フローラ様、リーム様がおみえになりました」
「あ……」
 侍女の声に、女性は驚いたように息をのんで、そして――振り返った。
 大きく見開かれた翡翠の瞳、陶器のような白い肌は頬にほのかな赤みがさして、人形のように愛らしい。まさに貴族のお姫様というに相応しいひとだった。
 このひとが……母親? まさか、何かの間違いだ。母親どころか、結婚しているようにすら見えない。
 リームと女性が見つめあったのは、ほんの一瞬だった。
 振り返った女性は、突然、その大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼした。
「ああ……リーム、私……」
 ひっくひっくと泣きじゃくる女性。周囲の侍女は慣れた様子でハンカチを何枚も準備している。
 ――ええと、どうすればいいの? リームはティナを見上げるが、ティナは意味ありげな視線を返してくるだけ。
 もう一度、女性に視線を戻す。めそめそと泣き続けるお姫様。言わなきゃ。私は貴族の子になるつもりはないって。
 口を開いて、息を吸って……でも声が出てこなくて。
 リームは――逃げ出した。
「ちょっと、リーム!?」
 ティナの声を振り払うように、驚く侍女を押しのけて、部屋の外へそして城の外へと向かって駆けてゆく。
 このままもう一度逃げ出そう。私は誰の子にもならない。貴族なんて二度と関わらない。
 女性の泣き顔がよぎる。あの女性は私に何を言いたかったのだろう。泣き顔はとてもつらそうで、でもどこか嬉しそうだった。
 しかし無心に走るリームに、複雑な城の出口を見つけられるはずがなく。
「……あれ?」
 いつのまにか自分がどこにいるのか、分からなくなってしまったのだった。

          *      *      *         

 雲はだんだんと晴れ、細い月が夜闇をほのかに照らしている。
 使用人たちの目をかいくぐり、たどりついたバルコニーから空を見上げて、リームは何度めかわからない溜息をついた。
 ティナと一緒に店に帰らなくちゃ。でも、ティナはまだあの部屋にいるのだろうか。もう戻るのは……あの女性に会うのはイヤだった。
「こんなところで何をやっているんだ?」
 急に後ろから声をかけられて、リームはとっさに逃げ出そうと身構えつつ振り返る。
 そこに立っていたは黒を基調にしたローブを着た男――宮廷魔法士ラングリーだった。飄々とした笑顔に、リームは緊張を解いた。
「私、もう帰るんです。親だっていう貴族のひとにはもう会ったし。ティナが今どこにいるか知りませんか?」
「さーあ? それにしても、フローラが泣きっぱなしだったぞ。まぁどちらにせよ泣くだろうことは予想してたけどな。あいつは涙姫って呼ばれるぐらい泣き虫だからな」
「……関係ないです」
 フローラというのがあの女性のことだというのは分かったが、それを自分に言われても困る、とリームは思った。ラングリーはそんなリームを見て苦笑した。
「あれが母親だとは、ちょっと信じられないだろうな。でも本当なんだぞ? 目元なんてよく似てるだろう」
「似てないです!!」
「はっはっは、まぁそう言うな。フローラだって無理やりお前を貴族にしようなんて思っちゃいないんだ。ただ、一度本人に確かめて、自分を納得させたかったんだろうよ」
「じゃあ、伝えといてください。私は貴族にはなりませんって」
「いやいや、ここまで来たんだから自分で言うんだな。せっかく俺が王妃様に頼んでご足労を願ったというのに」
「大きなお世話、とんだ迷惑です!」
「来てしまったもんは仕方ないだろう? ちょっと見てな」
 ラングリーは流れるように呪文をつむぎだした。ついついリームは見惚れてしまう。ラングリーの差し出した右手の上に、水面のようなゆらめく映像が現れる。花が飾られたテーブルセットは、あの部屋のものだ。
 侍女に囲まれてソファーに座るフローラ姫と、向かいの席に座るティナが見える。確かに比べてみるとフローラ姫のほうが年上に見えるが、10も離れているようには見えない。本当に自分の母親なのか、ちっとも信じられないのも当然に思える。フローラ姫は相変わらずぐずぐずと半分泣いていた。
『でも、リームは私のことが嫌いなようだから……』
『いやあ、嫌いというよりもどうしたら良いか分からないだけだと思いますよ』
『でもでもっ、きっとがっかりしたわ。自分の母親がこんな頼りない泣き虫だなんて……』
 と、言いつつも再び本格的に泣き出すフローラ。侍女がさっとハンカチを取り出す。ティナは肩をすくめた。
『まずは、しっかり自分の考えを伝えることですね。フローラさんは、どうしたいんですか?』
『私は……ただ一緒にお茶を飲みながらお菓子を食べたり、中庭を散歩したり、あとラングリーに花畑に連れて行ってもらったり、そういうことをしたくて…… あと、謝りたくて』
 翡翠色の瞳に涙をいっぱいにためて、少女のようなお姫様は、母親の眼差しで言った。
『寂しい思いをさせてごめんなさいって。もう、お母さんだなんて呼んでもらおうとは、思ってないの。ただ、3人で仲良く一緒にいたいから』
『なるほどね……さぁ、リームはどう思う?』
 ティナの視線が、映像越しにリームと合った。ゆれる魔法の水面の向こう、フローラや侍女がきょとんとする中、ティナは何気なく腕をかるく振った。
 紫色の光がバルコニーを包む。ぐらりと浮遊するような感覚、ゆがみ、薄れる周囲の風景。次の瞬間には、リームはあの部屋に立っていた。
「リーム! ラングリー!」
 フローラが声をあげる。一緒についてきてしまったらしい宮廷魔法士は、この歩く人外魔境がと笑顔でティナに悪態をついた。
「どこらへんから聞いてたの? リーム。『頼りない泣き虫なんて』ぐらいから?」
 面白がるように聞くティナに、リームは淡々と応えた。
「……いえ、『私のことが嫌いなようだから』です」
「あああああの私はその……ええと……ねぇどうしましょうラングリー?」
 慌てふためく様子に親近感を感じてしまったのは事実で。
 リームは緊張にふるえる声を振り絞って言った。
「私は……私には、親はいません。孤児として生きてきて、これからも一人で生きていきます。でも」
 ぽろぽろと涙を流しながら、じっと自分を見る若い母親を、リームも目をそらさずに見つめた。
「……お菓子を一緒に食べるぐらいなら……たまになら、ここに来てもいいです」
「あ、ありがとう……リーム」
 ひっくひっくとしゃくりをあげて泣くフローラ。照れくさくなってリームはティナに視線を移した。ティナは満面の笑みでうんうんと頷き、ふとラングリーに 目を向けた。
「で。何か言うことはないの? ラングリーさん」
「ん? 俺か? いや別に……良かったなぁ、丸く収まって」
 すっとティナの目が細まる。なんだか意地の悪い微笑みだなあと、リームは思った。
「リームが孤児院に送られた理由、聞いたのよ。フローラさんが他国から婿を迎えてこの領地に引っ越す前。クロムベルク城にいたころに、すでに生まれていた子だからってね」
 話の見えないリーム、気まずそうにする侍女たち、そしてフローラはまだ鼻をすすりつつも不思議そうな顔でラングリーに言った。
「あら、ラングリー、まだリームに話してなかったの? あなた先にリームに会いに行ったものだから、てっきりもう話しているのかと」
「いやほら、言い出しにくいだろう、俺の立場的にはな。ただでさえ思春期の娘は難しいって話だしなあ」
 ラングリーは頭をかく。リームは、訳ありの子供しかいないピノ・ドミア神殿という場所にいたせいで、大人の事情はなんとなく断片的に理解できた。おぼろげに話が見えてきて……しかし信じられない気持ちが強くて。
 そんなリームの心中は察せられることなく、フローラは恋する少女の微笑みで言った。
「リーム。ラングリーは、あなたのお父さんなの」
「……そういうことだ、リーム。お前がフローラと仲直りして、お父さんは嬉しいぞ。はっはっは」
 ラングリーの開き直った笑顔に、リームは驚きで頭の中が真っ白になりながらも、フローラと対面したときには吹っ飛んでいた怒りがふつふつとわいてくるのを感じた。
 雑貨屋に来たときも、バルコニーで会った時も、自分の娘だと分かっていたのだこの男は。ここまで黙っておいて、しかも最後まで隠し通そうとして、その一方で自分には母親にちゃんと伝えろとか言ってきて!
 なんだかとってもバカにされている気がしてきた。いや、実際バカにされてるに違いないと確信した。
「あんたなんて……父親とは認めない! のぞき魔! 無責任男!」
「ほらみろ、フローラ、嫌われたじゃないか」
「あらまあ、リーム……これって反抗期なのかしら」
 何故かフローラはちょっと嬉しそうで、そのやり取りがまたリームの気に障った。まるで子供を見る夫婦のようではないか。なんだかその場に居るのがイヤになって、リームはティナに駆け寄った。
「ティナ、帰りましょう。もう用事は済みましたよね」
「えぇ? いいの?」
 くすくすと笑うティナは、事の成り行きを楽しんでいるようだ。全く人事だと思って、と、リームは思いつつも、今はこの場から去ることが優先だった。
「いいんです。どうしてもって言うならまた来ますから。宮廷魔法士のオジサンのいないときに!」
「オジサンって、リーム、お前な……」
「あーあーあー、ほらティナ、もうさっきの紫色の光のやつでいいですから、帰りましょ! 約束ですよね!」
「まー、そう言われちゃあ仕方ないわね……じゃ、王妃様によろしく伝えてちょうだい」
 ティナが手を振ると、ティナとリームのまわりを紫色の光が包み込んだ。薄れる部屋の景色の中、寄り添うフローラとラングリーの姿がリームの記憶に深く刻み込まれた。あれが、両親。王家の血を引く姫と、宮廷魔法士。まるで御伽噺だ。自分には……関係のないこと。ただ、泣き虫なフローラ姫が一緒にお茶を飲みたいって言うから、それぐらいはしてあげてもいいかなって、そう思うだけで。
 ――次の瞬間には、もう見慣れた雑貨屋の店内だった。
 竜の背に乗って、お城へ行って。夢だったらいいなって、思わないでもないリームだったが。
「本当のことなんだよ、ねぇ」
 つぶやきに予期せずティナが応じる。
「本当のことだけど、別に問題のないことでしょう。リームは、リームの好きに生きればいいのよ」
「そう、だよね……うん。明日もお店がんばりましょうね、ティナ」
 そう、何も変わらない。これまで通り、ちょっと奇妙な雑貨屋で働いていけばいいだけ。リームとティナは笑顔を交わして部屋へあがっていった。
 

(7)不思議な日々は続く

「ねぇ、一体どうなっているの? このホウキ」
 くねくねと踊るホウキをカウンターに置いて、三角巾にエプロン姿の中年女性は言った。
「ものは試しと買ってみたけど、やっぱり噂どおりねぇ。魔法なのかしら?」
「はぁ、申し訳ないです。代金はお返ししますので……」
 店主ティナは、もはや慣れきった謝罪と返答をするが、中年女性は返金を求めているわけではないらしく。
「いえね、私はこれがどうなっているか知りたくて」
「さあ……私にも分からないです」
「あなたが店主なのでしょう?」
「ええ、私も困ってます」
「それは大変ね……」
 結局その中年女性は帰っていったが、くねくね踊るホウキは珍しいからと持って帰っていった。
「奇特な人もいるものですね、ティナ」
「うーん……そうね」
 どうもティナは不良品(?)を持っていかれたことに不満なようだった。リームとしては逆に奇妙な道具として売り物にしてしまえばいいのではないかと思う のだが、ティナは普通の雑貨屋をやりたいと言い張るのだ。
『はっはっは、この雑貨屋も先が思いやられるなぁ』
 急に聞こえてきたのは、陽気な男性の声。リームはとたんに眉をしかめた。カウンターの裏の窓辺には、地味な小鳥がとまっている。その鳥から声は聞こえるようだ。
「ティナー、のぞき魔のオジサンが用事ですってー」
『オジサンはやめるんだ、リーム……お父さんと呼べとは言わないが、せめてお兄さんと』
「年齢を考えて言ってよね、ロリコンおやじ」
『どこでそんな言葉覚えたんだ? フローラはあれでも29なんだぞ、俺と5つしか違わん』
「うっそ、フローラ様、そんな年!?」
 やっと20代にさしかかったようにしか見えない母親の年に驚愕するリーム。そんな親子のやり取りをティナは微笑ましく見守っていた。
『フローラは名前で呼ぶのか、そうか……まぁいい。今日は手紙を届けに来ただけだからな。お茶会の招待状だそうだ。ちゃんと行ってやれよ』
 小鳥は光の球へと姿を変え、一通の手紙を残して消えていった。
 家紋の付いた封筒の差出人には少し丸みのある丁寧な字でフローラの名前が書いてあった。そして表書きにはリーム・キティーア・ストゥルベル殿と書いてあ る。
「そんな名前だったのね、リーム」
 手紙を覗き込むティナに、リームは少し目を伏せた。
「……知らない。私はただのリームだもん」
 突き放したように言いつつ、胸はじんわり温かい。照れくさいけど、いやな気分とは違う。
 こういうのも悪くないか。
 リームは抱いた暖かな気持ちを否定せず、手紙の封を開けたのだった。
 

― 続 ―
 

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