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散らかった机の上
ライトファンタジー小説になるといいなのネタ帳&落書き帳
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2024/05/19 (Sun) 05:37
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2010/04/13 (Tue) 00:32

(1)不思議な雑貨屋

(意外と普通なんだ……)
 その雑貨屋を見つけたとき、リームはそう思った。
 王都から馬車で2日。それほど有名ではないが、交易の中継地点として程よく栄えた街、レンラーム。
 その街の中心を走る石畳の道、両脇に並ぶ商店がまばらになってきた所にそれは在った。
 木の戸がついた窓は開けられていて、店内のテーブルに商品が並んでいるのが見える。
 店内が明るいのは窓から入る光だけではなく、おそらく魔法具の明かりがあるのだろう。高級品の店でもないのに、贅沢なことだ。
 その窓の隣、店の入口の上には看板が掛けられていた。青地に黄色の飾り文字で店名が書かれてある。
 『雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ』と。

          *      *      *         

「あんまり……というよりも、全っ然おすすめできないんだけどね、お嬢ちゃん」
 カウンターを挟んでむかいに座る恰幅のいい中年女性は、リームが手渡した紹介状と働き手募集の紙束を見比べながら言った。
「雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ、手伝い募集。リゼラー通りの端にある店さ。お嬢ちゃんみたいな年齢でできる仕事っていったら、これぐらいしかないねぇ」
 しかも、と、中年女性はちらと紙束から視線をあげてリームを見た。リームは思わず目をそらす。
 肩までの黒髪に利発そうな翠緑の瞳。仕立ては悪くないが質素で地味な灰色の服。肩にかけられるよう紐をつけた荷物袋は、子供の体には大きめで……しかし、風従者のように旅慣れた格好ではない。家出をしてきたことがバレバレなのは、リームも自覚があった。
 そもそも、頼みの綱である紹介状そのものが、見るものが見れば明らかなものなのだから。
 それでも商業組合の受付である中年女性は、何か言いかけた口を一度閉じ、大きく息を吐き出しながら肩をすくめた。
「まあね、いろいろあるのは分かるよ。小さいのに苦労することだね……おっと、こんな言葉は聞き飽きたかな。でも、お嬢ちゃんは十分恵まれてるんだよ」
「すいません、それも聞き飽きてます」
 大人びた口調を装いながらきっぱりと言うリームに、だろうねぇと頷きながら応えて、中年女性はリームの紹介状とは別の紙を差し出した。
「とりあえずはやってみるといいさ。これを店に持っていきな。若い女主人だから気兼ねなく話せるだろうよ。ただひとつ……いや、やっぱりやめておこうか……」
「な、なんなんですか? 気になります。そこまで言ったなら話してくださいよっ」
 中年女性は逡巡するように唸って視線をくるりとまわした後、言葉を選びながら言った。
「私も実際に見たわけじゃなく、噂だけなんだけどね。……いろいろとヘンな店なんだよ、ここは」
「変って……どんなふうに?」
「買った商品がいつのまにか融けた、とか、2階から怪しい閃光や爆発音が聞こえる、とか。店主が魔法士だろうってのは想像がつくんだけど、それにしたって、おかしなことが多すぎるのさ」
 眉をひそめて半信半疑の視線を向けるリームに、中年女性は責任逃れの愛想笑いを浮かべた。
「まぁ、王都からここまで来た気概があれば大丈夫だろうよ。お嬢ちゃんに王妃様と神々の加護があらんことを!」

          *      *      *         

 春らしい暖かな日差し、薄い雲の浮かぶ空。雲よりも速く、何かが太陽の前を横切った。
 この国の民はそんな時、笑顔で空を見上げる。
 青い空を横切る黒い影。漆黒の鱗を春の日差しにきらめかせた、竜。
 クロムベルク王国を『黒竜に守護された国』と言わしめるその存在は、18年前にこの国の王子と結ばれた現王妃の真の姿だ。
 国民は親愛の眼差しで王国の守護者を見上げ、ときに祈る。
「雑貨屋で怪しい魔法実験の材料にされませんように……雇い主が良い人でありますように」
 そんな願いを王妃様が叶えてくれるとは到底思えなくても、とりあえず祈ってしまうのは幼いころから染み付いた習慣なのか。
 組合でもらった紹介状を握り締め、全財産である荷物ひとつを抱えて向かうは、不思議な――むしろ怪しい雑貨屋。
 通りに立ち並ぶ商店でその雑貨屋の話を聞いてみたが、どれもこれも組合での話を裏付けるものばかりだった。
 火にかけたら燃えてしまう鉄鍋が存在するなど信じられないが、これだけ噂があると完全な作り話ではないような気がしてきてしまう。
 そんな話を聞いてきたものだから、もっといかにも怪しげな、腰の曲がった魔法オババが紫色の液体を混ぜているような店を想像していたのだ。
 いざ来てみれば、他の店と変わらない外観で。
 開いた窓から見える店内も、そこに並ぶ品々も、外から見る限りではいたって普通だ。品揃えが幅広すぎて少しまとまりがない印象があるくらいだろうか。
 そもそも、主要な通りに魔法灯が常備されてるくらい大きなレンラームの街であれば、専門の品を売る店がほとんどであり、田舎町で頼りにされるような雑貨屋は本来必要とされてないように思える。まずそこの部分からしてちょっとヘンな店なのだ。
 でも今はその店を頼るしかない。店主が魔法士であるのも、本当なら幸運なことだ。ちゃんとしたまともな魔法士であればだけれど。
 もう一度看板の名前と紹介状に書いてある店の名前を確かめて、リームは祈りの言葉を呟くと、意を決して店の中へ入っていった。

 狭い店内に窓は1つしかなかったが、魔法の明かりがいくつか天井付近に浮いているので十分明るかった。
 中央に大きなテーブルがひとつと、壁にそって棚や台がいくつかあり、そのテーブルにも棚にも台にも所狭しと商品が並んでいる。 そして一番奥にカウンター があるのだが、今は無人だ。カウンターの向こうに2階への階段と裏口の扉が見えるので、そのどちらかに店主はいるのだろうか。商品を並べっぱなしで誰もいないとは無用心なことだが、きっと店主は魔法士なのだから魔法でなんらかの仕掛けを施してあるのだろう。
「すみませーん……」
 小声で呟いてみても聞こえるはずはない。そろそろと店内を奥へすすむリーム。横目で商品を見るが、見た目に融けそうとか爆発しそうとか、そういう印象は 受けない、いたって普通の商品だ。
 ただ本当に雑貨屋というより何でも屋というような、寄せ集めの品揃えではある。鍋やまな板、包丁から調味料、小物入れ、袋、ほうき。生活必需品だけでなく、アクセサリーや置物、はては鎧や武器まで並んでいた。
 カウンターには、美しい細工の呼び鈴が置いてあった。魔法具だろうか。傍に置いてある紙に『御用の方は鳴らしてください』と書いてある。公用語の他にリームの読めない文字が数種類書いてあり、文字が読めない人のためか、呼び鈴を鳴らす絵まで描いてあった。
 リームはしばらくじっとその呼び鈴を見て、階段の上と裏口、そしてもう一度店内を見回すと、思い切って呼び鈴を手に取り鳴らした。
 チリンチリィーーン
 澄んだ音色が店内に響く。一瞬の間があり、ぱたぱたと2階から足音が聞こえた。予想していたはずなのに心臓がどきんと鳴り、思わず半歩下がってしまう。
「おまたせしましたー! お買い上げでしょうか? それとも何かお探しでしょうかー?」
 営業スマイルで階段を下りてきたのは、話に聞いていた通り若い女性だった。17~8歳ぐらいだろうか、長い金髪を高い位置でひとつに結っている。丸首のシャツと細身のパンツ、薄くてゆったりとしたシルエットの上着。
 もう少し魔法士っぽい格好を予想していたのだが、どこにでもいそうな動きやすい服装だった。そうだ、もしかしたらこの人は手伝いで、店主ではないかもしれない。
「あ、あの、私は客じゃなくて……実は商業組合で」
 バタンッ!!
 話し始めたその時、店の入口の扉が音をたてて開いた。リームが思わず振り向くと、ヒゲ面のオヤジがしかめっ面をしてずかずかと入ってきた。
「おう、この店の主人はどこにいやがる?!」
「この店の主は私ですけれど、どうかしましたか?」
 金髪の女性が答えた。あ、店主だったんだ、と思いつつ、リームはカウンターから後ずさりながら成り行きを見守る。
「どうかしたどころじゃねーんだよ! この壷を見てくんな! 3日前にココで買った壷さ。塩入れにしようと思ってな、入れてみたら、ほらコレだ! 俺の塩は どこへいったんだ!?」
 オヤジが持ってきた片手で持てるほどの小さな壷の中には、水しか入ってなかった。塩辛い水ではなく、真水だとオヤジは言う。
「あー、それ確か水入れって書いて売ってた気がするんですが……」
「壷は壷だろ、どう使おうがこっちの勝手だろーが! 魔法の品ならそう書いておけってんだよ!」
「いやそういうわけでも……いや、ええと、こちらの手違いで、誠に申し訳ございません。なくなった塩の分も含めまして、代金はお返ししますので……」
「当然だな! もう二度とこんな店で買うか!」
 店主が銀貨を渡すと、オヤジは入ってきたのと同じようにバタンッと扉を鳴らして店を出て行った。
 残されたリームと店主の間に、微妙な沈黙が落ちる。
「ご、ごめんなさいね。それで、なんだっけ?」
 いそいそとオヤジの残していった水の壷をカウンターの内側にしまいつつ、店主はリームに話しかけた。
「……えっと、そのー……」
 やっぱりこの店で働くのはやめたほうがいいのかもと、かなりとっても強く思ったリームだったが、ではどうするのか。組合ではこの店ぐらいしか働く場所がないと言っていた。別の街に行こうにも、もう路銀は尽きている。ひとりで生きていこうと決めたのに、ここで終わってしまうのか……。
「私……リームっていいます。組合から仕事の紹介状をもらってきました。ここで働かせてください!」
 一息にそれだけ言うと、リームは店主に紹介状を突き出した。若い店主は納得した表情と思案するような表情おりまぜて紹介状を受け取る。
「あぁ、そういえば随分前に募集出してたのよね。んー、まぁ年齢の指定はつけなかったけど……リームっていうの? あなた、いくつ?」
「12歳です」
 ちょっと1歳サバ読んでみた。どうせ確実な誕生日は分からないのだから、嘘にもならないだろう。
 店主は思案顔のまま頷き、紹介状に目を落とした。
「で、公用語の読み書きはできる、と。……住み込み希望? 家族は?」
「いません。だから働くところを探してるんです」
「ふうん……」
 店主は紹介状から再びリームへと視線を戻す。孤児にしてはリームの身なりは清潔だったし、ひと抱えとはいえ荷物もあった。事故か何かで家族を失ったのだろうか。年齢にしてはしっかりしているし、なにより水の壷のやり取りを見ても出て行かなかったのだ。
 不安げに、しかし真っ直ぐ店主を見つめるリームに、店主はにっこりと笑いかけた。
「いいわよ、雇いましょう。私は店主のティナ・ライヴァート。よろしくね」
 差し出された手を握り、リームの不思議な雑貨屋での生活が始まったのだった。

(2)不思議な店主

「住み込みなら、部屋を用意しなくっちゃね。ちょっと待ってて。店の品物とか、見ててくれて構わないから」
 店主のティナは、そう言い残すと階段を上がっていった。
 リームはまだ少し緊張した面持ちで品物を眺めはじめる。ほうきがひとつ銅貨3枚。普通の値段だ。キラキラした銀の細工と赤い宝石のようなものがついた髪飾りに金貨50枚と値札がついているのは、普通の値段なのかどうなのか想像もつかない。というか、そんなものが鍋やらほうきやらと一緒に並んでて良いものなのだろうか。
 しばらくすると、2階からガタンッゴトンッと何かを動かす物音が聞こえ始めた。
 ああ、部屋を用意してくれてるんだな~と思っていたのだが、バキバキバキッという破壊音やら、ズシンッという重い音やら、パシュンッ!という破裂音やら、部屋の模様替えにしてはあり得ない物音が聞こえてくるのは何故だろうか。
 リームの脳裏にいっそ今のうちに逃げてしまったほうが身の安全のためではなかろうかという考えがよぎり、幼いながらの決意と覚悟でそれを振り払う。
「おまたせ~、どうぞ、まだ必要最低限のものしかないけど、何か足りないものがあったら気軽に言ってね」
 ティナが笑顔で下りてきた。リームは葛藤を見透かされまいと、ありがとうございますーと乾いた笑顔を浮かべ、案内されるままに2階へと上がっていった。

 雑貨屋の2階には部屋が2つあり、階段を上がって廊下の突き当りが店主のティナの部屋、右の扉がリームの部屋になるらしい。
 リームの部屋には清潔なシーツのかかったベッド、3段の棚とカゴ、小さな書き物机まであった。自分のものを提供してくれたのか、それとも売り物だったのだろうか。急に住み込みが決まったにしては揃いすぎている感じがした。
「あと、私の部屋には立ち入り禁止だからね。まぁ鍵かかってるから入れないと思うけど。用事があったらノックするより、呼び鈴を鳴らして。あれ、魔法具だから、コレとつながってるの」
 ティナが示したのは片耳のイヤリングだった。よく見ると呼び鈴と似たような装飾が施してある。
「店主さんは魔法士なんですか?」
「ティナでいいよ。ま、ちょっと魔法の心得があるのは確かね。……逆に聞くけど、リームって魔法士に追われるおぼえはあるの?」
「えっ!?」
 驚くリームをよそに、ティナは開いている木窓の外に視線を向けた。ヂヂッと何か小さな音が聞こえて、窓の外に手のひらぐらいの大きさの光球が浮かぶ。ティナが窓に近づくと、その光の球はフッと消えてしまった。
「あ、逃げられた。んー、まぁリームの身におぼえがないなら、私の関係者かもしれないし? あんまり気にしなくていーわよ」
「そうですか……」
 身におぼえがないわけでもないリームは、曖昧にうなずくしかなかった。
 魔法士を雇ってまで自分を追うような相手なのだろうか? よく分からない。正直、相手のことを全く知らないままに逃げてきたのだから。
 そんなリームの様子に気づいているのかいないのか、ティナは荷物を置いたら下に来てねと言うと、先に店に下りていった。
 リームは自分に用意された部屋の窓から外を眺める。通りとは逆側の、裏口に面した小さな庭と小道が見える。穏やかな春の街並み――魔法の影は見えないし、あったとしても リームに見るすべはないのだった。

          *      *      *         

「やってほしいのは、とにかく店番ね。値段は商品につけてあるし、適当にオマケしてあげてもいいから。さっきみたいに返品の客が来たら、お金返してあげて。それでも店主を呼べっていうようだったら呼び鈴鳴らしてちょうだい」
「それで、結局さっきの壷って、魔法具だったんですか?」
「うーん、魔法具というか……不良品?」
 不良品で壷に入れた塩が水に変わるのだろうか。
 突っ込んで聞いても理解できる答えは返ってきそうになかったので、リームはあえて聞かないことにした。
「計算はできる? 計算器もここにあるから。お金はここにしまって。他に何か分からないことはある?」
「ええと、触ったら危ないモノとか、ありますか?」
「武器とか刃物とか……あとはないはずよ」
 ないはずって何、はずって!
 不安そうなリームに、ティナは明るい笑顔で力強く言った。
「大丈夫だから!」
 と。

 こうしてティナは2階へ上がり、店にはリームひとりが残された。一体ティナは2階で何をやっているのだろう? 特に上から物音は聞こえない。通りを歩く人の足音、たまに通る馬車の音、そんな音だけが狭い雑貨屋に響く。
 カウンターの内側の椅子に腰掛けて計算器をいじってみたり、店内をぐるっとまわって目に付いた品物をおそるおそる触ってみたり。
 リームが雑貨屋に着いたのは昼過ぎだったのだが――結局、その日はそれから1人も客は来なかったのだった。

「お疲れ様、リーム。そろそろ店仕舞いにしましょ」
「はい。えーと、お客さんは来なかったです」
「そっかー。暇なのよねぇ困ったことに」
 ティナはゆるく首を振りながら溜息をついた。通りに面した窓と入り口の扉を閉め、魔法の明かりを1つ残して消した後、裏口のむこうの台所から野菜と腸詰を挟んだパンと キノコと卵のスープ、ミルクを2人分持ってきてカウンターに置く。店が暇だというのに、わりと良い夕食だ。まぁ店に置いてあるアクセサリーのひとつが値札通りの値段で売れたなら、数ヶ月食うに困らないだろうけれど。
 カウンターに並べた椅子に座った後、すぐに食事を始めようとするティナに、リームはきょとんとした表情で聞いた。
「……あれ、ティナは食事前のお祈りしないんですか」
「あぁ、えーと……ほら、私、ライゼール国出身なのよ。精霊派<エレメンツ>なの」
 クロムベルク王国は真神派<フォーシーズ>が多数を占める。が、先王が光神派<エンジェラス>であったことや王妃が来てから竜神派<ドラニーズ>が増え たこともあり、宗教の違いにはとても寛容だった。
 なので、完全な真神派の環境で育ったリームもティナの言葉にすぐ納得し、自身はいつも通り祈りの言葉を済ませて食事を始める。そんなリームの横でティナは微妙に居心地悪そうにしていた。
 二言三言たわいもない会話をしたあと、リームは店番をしている間ずっと聞こうと思っていたことを聞いてみることにした。
「あの。噂なんですけど……ここで買った鉄鍋が燃えたって聞いて」
「あー、そんなこともあったねぇ」
「窓辺に置いてあった置物が融けたとか」
「そうそう。日に当たるとダメだったらしいの」
「…………」
 こともなげに肯定する店主に、リームは現実逃避したくなってしまった。
「いやあ、これでも私、この店が変だって自覚はあるのよ」
「あるんですか!?」
「うん。変じゃなくなるのが目的のひとつだし。でも今現在変であるのは事実なんだから仕方がないじゃない? リームもあまり気にしないで」
 それは無理です、と即答したかったが、その前に脱力してしまった。
「あのぅ……商品の仕入先に文句を言うとか、してるんですよね? そもそもこんなに大きな街なら、雑貨屋じゃなくて何かちゃんとしたものを専門に扱ったほ うがいいと思うんですけど……」
「リームって賢いのねー。ちゃんと学校行ってたんだ? でも私は雑貨屋がやりたいの。何でも用意できなきゃダメなのよ」
 含みのある微笑向けられて、リームはそれ以上何も言えなくなる。どこか重さを感じる微笑みを浮かべたティナは、最初の印象よりもずっと大人びて見え た。

(3)追手!

 雑貨屋の開店は9の刻。リームの今までの生活よりも、ずっと朝はゆっくりだ。
 朝食を食べ、軽く掃除をして、ただひたすら店番をする。
 店主のティナはいたりいなかったり……いないことが多いかもしれない。食事は一緒にとることが多かったが、たまに丸1日いないときは裏手にある台所に材料を用意しておいてくれた。
 働き出してから7日間が過ぎ、リームも初日に比べればこの奇妙な雑貨屋に慣れてきていた。元々前向きな性格だということもあるのだろう。
 店主のティナの不思議さに対しても、耐性がついてきているようだ。商品がトンデモナイことと、どこへ行っているのか分からないこと以外は思ったよりも普通の人で(それだけで十分得体が知れないが、それはこの際おいておく)、年もそれほど離れてないからだろうか、明るくて話しやすいお姉さんというように感 じる。
 ひとつ問題があるとすれば、とっても、ものすごーく暇である、ということだった。
 7日間で客が全く来なかった日が3日あり、来ても1日に数人程度である。それさえも冷やかしがほとんどで、売れた品物は小さなカゴがひとつと、香辛料が数種類だけ。
 こんな売れ行きで大丈夫なのか、自分の給料は出るのかと率直に聞いてみたのだが、ティナは蓄えがあるから全然平気と笑っていた。
「だって考えてみてよ。売り物の宝石をひとつよその店に売れば、買い叩かれたとしても一ヶ月は楽に暮らせるでしょ。まだ在庫はあるのよ?」
 そう言うティナの言葉は納得できるものだった。この店主、金銭感覚はおかしくはないのだ。しかし、それほどまでに裕福なのに、何故こんな怪しい雑貨屋をやっているのかは、相変わらず謎なわけだが。

 そして8日目の夕方、雑貨屋に来客があった。
 ひとりで店番をしていたリームは、扉が開く音に顔をあげ、磨いていた陶器の小物入れを棚に戻しつつ入り口のほうへと笑顔を向けた。
「いらっしゃいませー」
 客は3人で、ひとりは老人、2人が若い男性だった。若い男性は両者とも背が高く、磨きこまれた厳つい鎧に長剣を下げていた。老人は濃紺色の仕立ての良いローブを着ており、身に着けるアミュレットを見ると魔法士のようだった。
 確かにこの雑貨屋は武器防具も扱っているし、何が起こるか分からない不思議な商品とは別に魔法具と明記された商品もある(その商品も正確な効果を保証されるものではないようだが)。戦士や魔法士が来てもおかしくはない……しかし、リームは嫌な予感を感じた。
「リーム様……ですな。おぉ、確かに面影があるではないか……」
 感動にうちふるえるように老人が言う。リームは弾けるように駆け出した。店の奥、カウンターへ向かって。
「お待ちくだされ!」
 老人はリームの後を追い、戦士の1人が中央のテーブルをまわりこんでカウンターを飛び越え、裏口の前に立ちふさがった。もう1人は老人の少し後方につく。しかし、リームの目的は出口ではなく、カウンターの上だ。
 チリンチリィーン……
 澄んだ音色が鳴る。リームはほっと表情を和ませて、その後、老人と戦士を睨んだ。
「帰ってください。私は貴族の養子になるつもりはないって、神殿に書き残しておいたはずです!」
「何をおっしゃいます、リーム様。養子ではなく実の子であると、伝えてあるはずですぞ」
「そんなの何の証拠もないじゃない! 神殿には他の子も沢山いるんだから、貴族の子になりたい娘を選んで適当に連れて行けばいいでしょ!」
「信じてくだされ、あなたこそが、由緒正しいストゥルベル家のご令嬢なのですぞ。母君がお帰りを心待ちにしております」
「だから、証拠がないんだから、私じゃなくてもいいでしょーが! 私は嫌だって言ってるの!」
「ぐうぅ、この聞き分けのないさま、あの黒タヌキを思い出させるわい……!」
 額に青筋を浮かべた老人は、ダンダンッと床を踏み鳴らす。リームは老人や戦士をにらみながら、ちらちらと階段や店の扉を見た。こんなときに限って、店主は戻りが遅い。
「とにかく、母君の元へ連れ帰るのが我らの使命。あまり抵抗されぬようお願いいたしますぞ、怪我いたしますゆえ」
 老人の言葉に、戦士が動いた。リームは再び呼び鈴に手を伸ばす。その時。
「いらっしゃいませ~、店主のティナです。何か御用でしょうか」
 緊迫した空気をものともせず、階段を駆け下りてきたのは、場違いな営業スマイルの店主ティナだ。
「ティナ! 遅いです!!」
「ごめんごめん、ちょっと遠出してたのよ。で、どうかしましたか? なにか商品に不都合でも?」
 ――どうやらティナは本気で状況が分かっていないようだった。
「ふむ。店主殿、私どもはとある高貴な方よりの使いでしてな。こちらにおられるお嬢様を屋敷へご案内せねばなりません。店主殿からも言ってくださるかな?」
 老人はするりと懐に手を入れると、数枚の金貨をカウンターの上に置いた。
「騙されないでください、ティナ! こいつら、人攫いなんです!」
「お疑いになるなら、街の治安部隊を呼んできて下さっても構いませんぞ。店主殿はご存知ないでしょうが、治安部隊でしたらこの紋章に見覚えがあるでしょうからな」 
 戦士たちの鎧に刻まれた紋章を示して、老人は堂々と胸を張った。ちょっと首をかしげるティナの表情に変化がないことを見て取ると、カウンターの金貨をさらに数枚増やす。
「少々急いでおりましてな。面倒なことは避けたいのです。あまり欲をかかないことですぞ……私どもは手荒な手段を好みませぬが、そのすべが無いわけではございませぬ」
 キンッ、と戦士が鍔を鳴らした。リームは不安げにティナと戦士を交互に見つめる。ティナはやっと納得したように手を打って言った。
「あぁ。もしかして、何回もリームに追跡の魔法をかけてたのって、あなたたち?」
「えっ、ティナ、何回もって……聞いてないですっ! ほんとですか!?」
「うん、手を変え品を変えって感じでね。その都度言ってたらリーム不安になってたでしょ」
「……なんのことかは存じませんが、ご協力いただけないと考えてよろしいですかな」
 若い女店主にまわりくどい手を使うこともないと諦めたのか、老人が片手をあげ、呪文を唱えた。その手の先から光の縄が伸び、ティナの胴体に巻きつきその動きを封じる。
「ティナ!!」
「さぁ、行きましょうか、リーム様」
 カウンターに置いた金貨をしまうことを忘れずに、老人がリームに語りかける。しかし、その言葉が終わらぬうちに、ティナの口から呪文がつむがれた。
「むぅ!?」
 老人が振り返るころにはすでに呪文は完成し、光の縄は霞のようにかき消える。
「んー、やっぱり追跡の魔法は別の人かな? こんなひねりの無い魔法じゃなかったし」
 余裕の笑顔をみせるティナを、老人は眉間にしわを寄せて睨みつけた。
「この小娘め…………Блж-δζμё……」
「йф・ξθи」
 ティナの呪文の一言で、老人の準備していた魔法が打ち破られる。
 老人は驚愕の表情を浮かべ、何か言うその前に、裏口で待機していた戦士が動いた。剣は抜かず、ティナにつかみかかる。ティナは笑みを浮かべたまま、逃げる素振りも見せない。ただ呪文を唱えた。――そして戦士は光に覆われ、その場に倒れる。
「おぬし、何者……」
 そう呟く老人の姿も、光に包まれ――その光はアメジスト色に染まったかと思うと、ふっと空中に溶け消えた。老人も2人の戦士も、光と一緒に姿を消し――何事もなかったかのような静寂が店内におとずれる。
「んー、ちょっとやりすぎたかなー」
 卵焼きがちょっと焦げちゃったな~とでも言うような雰囲気のティナに、ひたすら状況を見守るしかなかったリームが我に返った。
「ティナ、すごい! 実はものすごい魔法士なんじゃないですか! もしかして、『青』に所属してたりするんですか!?」
「いやいや、そんなことないのよー。あっちが弱かっただけ。てゆーか、リーム、詳しい話聞かせてもらえるんだよね?」
 そう言われてしまっては答えないわけにはいかず。
 カウンターの内側に椅子を2つ並べお茶を用意してから、隠していたわけじゃないんだけどと前置きしつつもリームは話し始めたのだった。

          *      *      *         

 リームが育ったのは、王都クロムベルクにあるピノ・ドミア神殿という場所だった。
 王都の中でも城に近い中心部、貴族の邸宅が並ぶ地域にあるその神殿は、騎士や貴族が出入りする壮麗な造りの大神殿である。
 そして、このピノ・ドミア神殿は、もうひとつの顔――孤児院としても有名だった。
 神殿に孤児院があるのは珍しいことではない。しかし、ピノ・ドミア神殿は、その孤児のほとんどが訳あって貴族の親に捨てられた子であるという事実におい て、他の神殿とは大きく異なっていた。
 愛人の子供であるため、未婚の母であるため、将来跡継ぎ問題をおこさないため。理由はさまざま、捨てられる年齢も様々である。どこの家の子であるか分かり、親がこっそり面会に来さえする子供もいれば、布ひとつにくるまれて神殿の前に置き去りにされそれっきりだという子供もいる。
 布施に苦労していないピノ・ドミア神殿では、孤児にも街の学校並みの教育をあたえていた。公用語の読み書き、計算から、簡単な地理まで。神殿の雑務の手伝いや、街外れの畑で農作業はあるものの、衣食住に教育までついている環境は、貧しい農村の子供などより余程恵まれた生活と言えた。

「でも私達は捨てられたんです。預けられたんじゃない。もし本当に世間から隠したいだけなら、どこか遠くの街で使用人と乳母に育てさせればいいんですから。神殿に置いていくということは、縁を切ること。それを今更、やっぱりうちの子ですーなんて、ねえ」
「うーん……でもほら、何か事情があったとか」
「事情なんてあって当然。だって、オトナの事情ってやつが全くなければ、私達は全員捨てられてなかったはずですもん」

 いくら恵まれた生活が保障されていても、自分が親にとって『存在しては困る子供』であるという現実は、子供達の幸せに影を落とし続けた。
 親は、愛する子供の幸せを考えてピノ・ドミア神殿という場所を選んだのだと、神官からは聞かされてはいるが――頭で理解はできても、素直に納得できぬ部分はある。

「そもそも最初は養子が欲しいってことだったらしいんですよ。たまにあるんです。子供のいない貴族が、そこそこ教育の行き届いた手頃な子供を探して神殿に来ることが」
 ふんっと鼻を鳴らすリームは、大人びた口調であるが子供っぽい怒りがありありと見えた。
「で、私が指名されたんですけど、貴族って好きじゃないんで断わったんです。そしたら、実は本当の子なのでどうしても私で、とか言い出して……信用できま せんよね? ね?」
「それはまあ、そーよねぇ」
「だから、神殿から逃げ出したんです」

 前例はあった。むしろ、珍しくないことだった。
 貴族の養子になることを拒んで、あるいは神殿の規律に嫌気がさして。
 ピノ・ドミア神殿の孤児たちの間では、神官たちには秘密の脱走方法が確立されていたのだ。
 割り当てられている身の回りの品を袋に詰めれば、ひとかかえで済んでしまう。路銀の足しになりそうなものを神殿に残る仲間達が少しずつ提供してくれるの が慣習になっていた。

 別れの刻は、夜が明ける前。漆黒に塗られた夜闇が、わずかに蒼みかかったころ。
 有力商人の養子となった元孤児の手引きで、商品を運ぶ馬車にまぎれこませてもらう手配まですでにできていた。
 リームは元々15歳になったら神官の道を選ばず、独り立ちしようと思っていた。夢もある。それに向かうのがちょっと早くなっただけだ。
 不安な気持ちをふりはらい、運命の女神へと祈りの言葉を呟くと、神殿を駆け出した。
 仲間達と離れ、かりそめの親の手を拒み、たったひとりで生きる道へ。

 


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