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散らかった机の上
ライトファンタジー小説になるといいなのネタ帳&落書き帳
Admin / Write
2024/05/19 (Sun) 00:35
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2012/12/03 (Mon) 19:42
(1)魔法を学ぶ

 どんっ、とリームの目の前に積まれたのは分厚い4~5冊の本だった。どれも布張りのしっかりした装丁で、ひとつひとつが片手で持ち運ぶのは大変そうなほどの重さに見える。
「基礎魔法語、記述魔法語、精霊語。発音に特化した教本に、初歩の魔法陣形式。とりあえず、これをすべておぼえろ。文字を知らないと話にならないからな」
「分かりました。この本は持って帰ってもいいんですか?」
「あぁ、良いぞ。ただ、城の蔵書から借りてきたものだから、ちゃんと返すようにな」
 宮廷魔法士ラングリーの執務室はクロムベルク城の中庭に建つ塔の上にあった。塔にはいくつか部屋があるらしく、リームがいるのはその最も高い位置にある部屋だ。正面に飾り格子のついた窓とその手前に磨き上げられた大きな木机。左右の本棚には大量の本と巻物、アミュレットのようなもの、そして何故かレースで飾られた人形や淡いピンク色の花飾りなど、似つかわしくないものがところどころに置かれていた。
 中央の机以外に片側の壁沿いに長細い机があった。もともとは小物が置かれていたのだろう。今は除けられており、その空いた場所にリーム用の小さな椅子が置かれていた。
「じゃ、がんばれよ」
 軽く右手をあげてそう言うとラングリーは自分の机に戻る。リームは重い魔法語の教本の1冊を手に取りぱらぱらと中身を見ていたが、しばらくしてラングリーに言った。
「あの。こういう勉強はうちでもできますから。ここに来ている間に、もっとこう……実践的なこと教えてほしいんですけど」
 『青』になるために宮廷魔法士ラングリーのもとで魔法を教わることになって、リームは自分なりに今まで独学で調べてきたことを復習してきた。この腹黒宮廷魔法士のことは今でも気に食わないし、飄々とした笑顔を見るたびに馬鹿にされているようで腹がたつけれど、その魔法の技術だけは素直に認めている。どんなことを教わるのだろうと、期待していたし不安もあったし――でも『青』になるために絶対負けるもんか!と気合いを入れてきたのだ。
 それが、一番に渡されたのが語学の本。そして放置。正直拍子抜けだった。本を借りられるのはありがたいけれど、せっかくティナに送ってもらってまで来ているのだし、ここでしかできないことをやりたい。
 ラングリーは書類らしき紙束から視線をあげ、相変わらずの人を小馬鹿にしたような(とリームには見える)微笑みで言った。
「聞いてなかったのか? 話にならないんだ。ペンの持ち方も知らないやつに、恋文の書き方を教えられないだろう? まず、ペンを持つ。で、字が丁寧に書ける。内容はそれからだ」
「よく分からない例えですけど、自分でできる勉強はうちでやってきます。ここに来れるのは週に1度くらいなんですから、もっとためになることを教えてください」
「おいおい、それが人にものを教わる態度なのか? そんなやつは自分の娘じゃなかったら絶対弟子にしないぞー」
「誰が娘なんですか!」
 叫んでしまってから、にやにやと笑っているラングリーを見て、つい乗せられてしまう自分を悔しく思う。本当にこいつは性格が悪い。こっちだって『青』になるためじゃなかったら、絶っ対に弟子入りなんてしないんだから。
「……本を読むだけならここにいる必要ないですね。帰ります。おぼえてきたら、ちゃんと教えてくれるんですね?」
「もちろんだとも。『青』の試験なんて簡単に通れるくらいのことは教えてやるさ。教えてはやるが、できるかどうかはお前次第だ」
「必ずできるようになって、『青』になります!」
 はっきりと断言したリームにラングリーは満足げにうなずいた。椅子から立ち上がると細身の銀の杖と巻物をひとつ持ってリームの机に近づく。
「ティナ・ライヴァートはまだ迎えに来ないだろう? 俺が送ってやろう。本は俺が持つから、ちょっとこれを持っていてくれ。下の部屋に移動するぞ」
 渡された巻物と杖を持ち、ラングリーのあとに続いて部屋を出るリーム。銀の杖は細いわりに重量があった。よく見ると表面には細かい呪文が刻まれている。なんとか意味の分かる部分はないかと目をこらして読んでみたが、何一つ分からなかった。
 ひとつ下の階層の部屋は窓がないらしく扉を開けても真っ暗だ。ラングリーが入り口横の壁に触れて短い呪文を唱えると、いくつかのぼんやりとした魔法の明かりが部屋を照らした。何も物が置かれていない真四角の広い部屋。そこには床一面に大きな魔法陣が描かれていた。
「汎用魔法陣だ。あえて記述を未完成にして使用用途を広げている。空間移動の魔法の大部分はそっちの銀の杖に入っている。まぁ内容は分からんだろうが、流れだけでも見ておくといい」
 ラングリーは魔法陣の中央に魔法語の本を積み置くと、リームをその近くに呼び、杖と巻物を受け取った。ラングリーが呪文を唱えはじめると、床の魔法陣の線に沿って流れるように白い光が広がっていく。呪文が続くにつれて、その光は淡い紫色に変化し、眩しいほどの強さになった。そして、軽い浮遊感とともに、アメジスト色の光の向こう、石造りの部屋の風景が水面のように揺らぎ、別の景色に置き換わる――明るい日差しの下、通りに面した二階建ての店。青地に黄色の文字で書かれた看板。雑貨屋ラヴェル・ヴィアータだ。
「空間移動の魔法が扱えるようになれば、魔法士としてはエリートだな。大貴族や商業組合、神殿、どこからも引く手あまただ。あっという間に城が建てられるほどの稼ぎになるぞ。そこらの魔法士じゃ空船の運転士がせいぜいだからな」
「――え? なんでおじさん、一緒に来たんですか? 私、本くらい持てますよ」
 リームの疑問に、ラングリーは軽く呆れた溜息をついた。
「お前なぁ、ティナ・ライヴァートを基準に考えるなよ。人を対象にした空間移動の魔法は、術者も一緒に移動するのが当たり前だ。途中で何かあったら取り返しがつかないだろ」
 いつもティナに一人で移動させてもらっているリームとしては、そう言われてもいまひとつ納得できなかった。移動が一瞬すぎて途中で何かあるという事態が想像できない。空間移動の仕組みは難しすぎて、自力で調べた程度の魔法知識ではまったく欠片も理解できないのだ。リームはラングリーにそうなんですか、とだけ答えて、重い4~5冊の魔法語教本を両手でかかえた。
 ちょうどその時、雑貨屋の入口が開き、噂のティナが顔を出した。
「リーム、ラングリー! どうしたの。早かったのね」
「いえ、ティナ殿。リームが自習ならうちでやりたいと言いましてね。あぁ、あと、これはティナ殿に。約束のやつです」
 ラングリーがティナに手渡したのは、執務室から持ってきた巻物だった。ティナは封を解いて初めの方を確認すると、わずかに眉をしかめつつもうなずいた。
「分かった。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、考えとく」
「よろしくお願いしますよ。じゃあな、リーム」
 ラングリーはリームとすれ違いざまにぽんぽんと頭をなで、両手が本でふさがったリームは抵抗のうなり声をあげて心底嫌そうに首をぶんぶんとふった。

(2)店番のおともは魔法語教本

「…………ル、ルェート……Блζ=лбζ……」
「んー、それは多分、бζ=л」 じゃないかなぁ?」
「あ、そっか……」
「そのあたり活用が難しいよねぇ。私も昔、おぼえるの大変だったよ」
 ラングリーに魔法語の本を借りてから、一ヶ月が経った。
 夏の暑い盛りを乗り越えて、ようやく涼しい風が吹き始めた今日この頃。リームは休みの時も店番をしている時も、常に魔法語の本を片手に勉強していた。
 相変わらず客の来ない雑貨屋の店内でカウンターの椅子に腰かけて勉強しているリームを、ティナは微笑ましく見守っていた。
「魔法語と記述魔法語の違いは分かりやすいんですけど、魔法語と精霊語が似ているようで全然違うところもあったりして、ごっちゃになるんです。ティナはライゼール王国の出身だから、精霊語は小さい頃からできたんですか?」
 ライゼール王国はクロムベルク王国から北の海を渡った先にある国で、精霊派<エレメンツ>が国教だったはずだった。精霊使いも多く、精霊語もずっと一般的に違いない。しかしティナは首をふった。
「ううん。私は田舎の村で育ったから、そもそも読み書きできる人も少なかったし、精霊使いも魔法士もほとんどいなかったの」
「そうなんですね。やっぱりティナは魔法士になるために都会に出たんですか?」
「いや、村で唯一の魔法士だった先生に教わったんだ。でも途中でお母さんが病気になっちゃったから、治療法を探すために見習いのまま風従者になって村を出たんだけどね」
 風従者は、一定の住まいを持たず自分の技術や資質だけを頼りに旅をして暮らす人々のことだ。いわゆる何でも屋のようなもので、浮浪者のような人から騎士のような身なりの人まで様々だ。そういえば、フローラ姫からティナは昔風従者だったらしいと話を聞いたおぼえがある。
「それで、お母さんの病気は治ったんですか?」
「うん。無事病気も治って、前よりも元気……元気? うん、まぁ元気といえば元気になったかな」
 微妙な言い回しだったが、ティナが笑顔だったので、リームは安心した。
 しかし、こうしてティナの話を聞いていると、人間かどうか疑っていたことが完全に間違いに思えてくる。作り話めいたところはまったく感じない。
 リームはついまじまじとティナを見てしまい、それに気がついたティナはちょっと勘違いしたらしく、軽く片手を振りながら言いつくろった。
「あ、大丈夫よ、ほんとに元気だから。それで、リーム、明日ラングリーのところに行くってことでいいんだよね?」
「はい。この前、魔法の鳥と話して、だいぶ魔法語おぼえたことは認めてもらいましたから。やっとこれからが本番です。なんでもフィードの感知と魔力の広げ方?をやるとか言ってました」
「あぁ……そうなんだ。うん、まぁそうだろうね……」
 リームの言葉を聞いたティナは、何故か気まずそうな表情をした。なんとなく視線をナナメ上にさまよわせている。リームにはその理由が見当つかず、率直に尋ねた。
「なにか問題があるんですか?」
 ティナはそのままの表情で視線をリームに戻し、言葉を選びながら言う。
「まぁ、なんていうか……ラングリーから聞くかもしれないけど、たまに私の周りでは魔法の力が正常に働かないかもしれないから……習ってきても、ここで練習するのは難しいかも」
「えっと、それってどういうことですか?」
「うーん、なんだろ。伊達に不思議な雑貨屋じゃないっていうか、まぁ不思議じゃなくなるのが目標なわけだけど、現時点では難しい……かも。まぁ、そういう魔法があるって思ってくれれば」
 魔法の力が正常に働かなくなる結界のような魔法をティナが使っているということだろうか? だったらそう言ってくれればいいのにとリームは思ったが、そう言わないということはそれは正しい表現ではないのだろう。
 正直まったく分からなかったが、リームはとりあえず分かりましたと答えるしかなかった。
 人間のようにしか見えないのに時々こういうところが怪しさ満点の、相変わらず正体不明な謎多き店主だった。

(3)宮廷魔法士の弟子

 美しく整えられた花壇と石畳の小道、まだ日が真上に昇り切っていない柔らかな陽射しの中、さわさわと風だけが通り抜ける。
 そんな晩夏のクロムベルク城の中庭に、紫色の光があらわれた。その光が薄れ、光の中からシルエットが見えてくる。灰色のワンピースを着て分厚い本を何冊も持ち、黒髪を肩までおろした少女――リームだ。
 約1カ月ぶりのクロムベルク城。中庭には石造りの塔が建っていた。宮廷魔法士ラングリーの執務室や居住場所がある塔だ。
 やっと今日から本格的に魔法を教えてもらえる。ラングリーに会うのは嫌だけれど、魔法を教えてもらえるのは楽しみにしていた。
 魔法語を勉強していて実際自分でも魔法を使ってみようと試したのだが、滅多にうまくはいかなかった。<小さき光>ぐらいの基本的な魔法からちょっとでも他の要素を足そうとすると、とたんに発動しなくなる。呪文の発音はティナにも確認してもらって間違いなく正しいはずなのに。やはりなんらかのコツがいるようだった。
 塔の入口の大きな木戸を背中で押し開けるようにして中に入る。1階はシンプルな応接間のような部屋になっていた。今は誰もいない。入口のすぐ横から壁に沿ってらせん階段があり、上の階へと続いている。
 重い本を両手にかかえて最上階まで上がるのは少々骨が折れるが、文句は言っていられない。リームはよしっと心の中で気合いを入れて、石造りの階段をのぼりはじめた。

*             *             *

 軽く息をあげながら最上階にたどり着いたリームは、ラングリーの執務室の扉の前で、一応礼儀上ノックをしなければと本を一旦床に置こうとした。
 と、その時、突然扉が開いた。外開きの扉は当然目の前にいたリームにぶつかりそうになる。
「っきゃ!?」
「おおっと、すまない!」
 よろけたリームを支えたのは、しかしラングリーではなかった。
 背の高さはリームよりわずかに高い程度、おそらく年齢もそう変わるまい。肩より短い蜂蜜色の髪を外にはねさせ、瞳は濃い青色。そしてどこかで見たような黒いローブを着た少年だった。
「大丈夫か? 重そうな本だな。師匠に頼まれたのか。あいにく今師匠は出かけているんだ。もうそろそろ帰ってくると思うんだが……本は渡しておくよ。ありがとう」
 そう言いながらリームの抱えている本を受け取る少年。リームはあっけにとられてしまって咄嗟に反応できなかったが、すぐに状況を飲みこんだ。まるであつらえたように同じローブを着ていればおのずと答えは分かってくる。師匠とは、ラングリーのこと。弟子はとらないと言っていたが、いるではないか。
「……? どうした? 何か他に言いつかっていることがあるのか?」
 魔法語教本を机に運びながら少年がリームに聞く。間違いなくこの少年はリームのことを小間使いだと思っているのだろう。まぁ、慣れてるけどね……リームは少し遠い目をして答えた。
「あの、私は本を届けにきたんじゃないの。私は魔法を教わりにきてて……」
 リームが言い終わる前に、少年は納得の表情でうんうんと大きくうなずきながら言った。
「あぁ、なるほど。うんうん、そうだな、師匠に憧れるのはよーく分かるぞ。師匠は世界で一番、聡明で強力で独創的な素晴らしい最高の魔法士だからな! しかし残念なことに、師匠はそう簡単には弟子をおとりにならないんだ。ここまで来る行動力は認めるが、弟子になるのは無理だろう。諦めた方がいい」
「いや、そーじゃなくて……」
 その時、階段から足音が聞こえ、リームが振り向くと、いつも変わらぬ飄々とした笑顔のラングリーがあがってくるところだった。
「おう、お前たち。そんな入口につったって、何をやっているんだ?」
 部屋の中の少年もラングリーに気付き、ぱっと笑顔になる。なかなか華やかな見た目の少年だ。黒いローブよりも銀糸の刺繍のはいった豪華な服のほうが似合うだろう。
「師匠! おかえりなさい! この子が本を運んできてくれたのですが、師匠が頼んだものですか?」
「あぁ、そういえば、お前たち顔を合わせるのは初めてだったなぁ」
 そう言うラングリーが、一瞬いたずらを企む子供のような笑みを浮かべたのをリームは見逃さなかった。こいつ、何かイヤ~なこと思いついたに違いない。警戒するリームをよそにラングリーは明るい笑顔で続けた。
「リーム、こいつはミハレット。まぁ一応、俺の押しかけ弟子みたいなもんだ。ミハレット、こいつはリーム。新しい弟子だ。ふたりとも仲良くするんだぞ」
 予想がついていたリームはそれほど驚かなかったが、飛び上るほど驚いて大声をあげたのは少年――ミハレットのほうだった。
「あああ、新しい弟子ぃっ!? ししし師匠っ、どういうことですかっ!? オレは、あんなに! あーんなに苦労して弟子にしていただいたのにっ!! 急にひょいと来て弟子になれるなんて、おかしいですっ!!」
「俺がいつ誰を弟子にしようと、俺の勝手だろう?」
 涼しげに言うラングリーに、ミハレットは頭をかかえて身をよじる。あまりの興奮具合にリームは思わず身を引いていた。
「それは! そうですが! ――あああ、納得できませんっ!! 師匠っ!! オレは一番弟子としてっ!! この子が師匠の弟子にふさわしいかどうか、試させていただきますっ!!」
「んー、まぁ、お前ならそう言うと思ったさ。というわけだ、リーム。こいつを納得させるのは大変だぞ? がんばれよ」
 ラングリーに満面の笑みでぽんと肩を叩かれ、リームはうろたえた。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください! 今日こそは魔法を教えてくれるって、言ってたじゃないですかっ!」
「こいつにギャーギャーわめかれながらか? それは無理だろう。ま、何事にも試練はつきものだからな」
 その笑顔は、明らかに状況を楽しんでいる表情だった。こいつ……またこうなることを分かっていて黙っていたに違いない。性根が腐っている。この腹黒中年魔法士がっ。
 リームの呪いの視線にも、ラングリーはどこ吹く風といったような明るい表情だった。

(4)弟子の試練

 ラングリーは笑顔で執務室の中に去り扉は閉められ、部屋の外に残されたのはリームとミハレットだけだった。
「よーしっ、まずは、お前がどれだけ師匠のことを知っているか試験してやろう! 弟子になるためにはまず師匠のことを知らなければならないからな!」
「だから、ちょっと待ってってば! 私は好きであいつに魔法を教わってるわけじゃないんだから!」
「あ・い・つ……? まさか、まさかまさかそれは師匠のことじゃないだろうな!? お、お前は弟子の風上どころか風下にも置けないというよりむしろ人間として救いようのない奴だな!? どういう礼儀作法を教わって育ったんだ!!」
 面倒くさい。すごい面倒くさい。なに、こいつ。
 リームは苛立ちを抑えきれなかった。やっと魔法を教えてもらえると期待して来たのに、何故こんな面倒なヤツの相手をしないといけないのか。
 しかし『青』に推薦してもらうためには、どうしても宮廷魔法士ラングリーの弟子という地位は必要だった。才能がないと断言されたからこそ、それが唯一の『青』への道。
 深呼吸。ぐっとお腹に力を入れる。なるべく落ち着いた大人びた声が出るように努めた。
「ごめんなさい。確かに言い方が悪かった。私は『青』に推薦してもらうために、あい……宮廷魔法士ラングリーの弟子である必要があるの。二番弟子でも別に文句はないから、認めてくれない?」
「お前、『青』に推薦してもらうために師匠の弟子になりたいのか? 動機が不純だ。そんなことでは、師匠の弟子として認められないな!」
 こいつ……話にならない!
 リームはゆらゆらと怒りをまとってミハレットを睨みつけた。ぐっと握ったこぶしがふるふる震える。射殺ろさんばかりの視線に、さすがのミハレットも気圧されたようだ。
「う、うん。まぁ、お前のがんばり次第では、認めてやらんこともないかなー」
「…………で、何をすればいいわけ…………」
「えーと、まず、落ち着くんだ。呪い殺しそうな視線で人を見るな。魔法士たるもの、いついかなる時でも冷静沈着でなければならないって師匠が言ってたぞっ」
 とりあえず、リームは矛を収めた。こいつがラングリーの弟子である事実が変わらないのであれば、一刻も早くこの茶番を終わらせたい。
「なるべく早く終わらせてよね。私はこんなことする暇があったら魔法を習いたいの。あんたもそうじゃないの?」
「お前、本当に口が悪いな……オレはあんたじゃなくてミハレットだ。ミハレット・エフォーク。お前はリームと言ったか。家名は?」
「家名なんてあるわけないよ。孤児なんだから」
「……そうなのか。それは失礼を」
 おそらく無意識だろう、胸に片手をあてて謝罪するミハレットの憐れみの混ざる視線に神経がざらざらと逆なでされるようで、リームは軽く唇を噛んでそれを抑えた。ミハレットの言葉遣いと丁寧な所作に貴族の影が見えることに、更に嫌悪感をつのらせる。
 私、こいつ、きらい。オジサンの次ぐらいにキライだ。

*              *              *

「次は、師匠の部屋の掃除だ。師匠のために自ら進んで掃除をするのが、良い弟子というものだ!」
 最初の試験、師匠のことをどれだけ知っているか、というのは、結局、ミハレットによる素晴らしい師匠の経歴の数々を聞かされるだけに終わった。出会ってから一刻も経たないうちに、ミハレットがラングリーに異常な敬愛を抱いていることはよーく分かった。分かってもなんのためにもならなかったが。
 続いてミハレットに連れてこられたのは、塔の2階にあるラングリーの自室部分だった。ベッドと書き物机とクローゼットしかない部屋で、それなりに整頓されている。
「さぁ、それでは、がんばりたまえ!」
「ふーん。まぁいいけど、掃除するのになんでバケツと雑巾しか持ってきてないわけ?」
「……は? 他に何か必要なのか?」
「掃除するには、まずハタキで上から順にほこりを落として、それから床を掃いて、水拭きはその後でしょう」
 イライラをそのまま言葉に乗せてとげとげしく言うリームに、ミハレットは少し意気を落とす。
「そ、そうか……そういえば、女中たちがそういう道具を持っていた気がしないでもないな」
 お貴族様はこれだから。きっと掃除なんてここに来て初めてやったに違いない。リームは肩をすくめて物置に掃除用具を取りに行った。
 神殿付属の孤児院で育ったリームにとって掃除はお祈りと同じぐらい日常的なもの。てきぱきとこなす様子をミハレットは部屋の入り口でぽかーんと見ていた。
 ひととおり掃除を終え、道具を片付け終わったリームはミハレットに言った。
「さ、終わったけど、次は何すればいいの?」
 不満を隠さず刺すように睨みつける。しかしミハレットはきっちり掃除された部屋を眺めて感心したように言う。
「すごいなぁ……リームは女中見習いなのか? まぁ城に入れるんだからそうなんだろうな」
 なんで貴族ってどっか抜けてるような天然マイペースが多いのか。かすかにフローラ姫のことを思い出しつつ、リームはため息をついた。
「いや、掃除ぐらい貴族じゃなければ誰でもできるでしょ。私は雑貨屋で働いてるの。ミハレットみたいに毎日暇してる貴族ならいいんでしょーけど、私はわざわざお休みもらってここに来てるわけ。本当に早く魔法の勉強したいんだからね!」
「オレは家の名前は捨てたんだからもう貴族じゃないぞ。魔法士として生きていくんだ。そもそも、魔法の力は平等だ。貴族も庶民もない」
「はいはい。ならきっと、住むところも食べ物も自分で手に入れてるんでしょうね?」
「うっ……いや、それは、ちょっと家の名前で借りているだけだ。いずれ魔法士としての稼ぎで返すんだ」
 しどろもどろなミハレットに、リームは再び大きなため息をついた。これみよがしなため息だったが、ミハレットに効果は薄いらしい。
「はい、次ね、次。ていうか、もう弟子として認めてくれる?」
「いや、まだだ。世界一の師匠の弟子ならば、世界一の弟子であることを目指さなければ! 次は、差し入れだ。調理場に行くぞ!」
 ラングリーに関わることだけ不必要なほどやる気に満ち溢れるミハレット。こんな調子で付きまとわれたから弟子にせざるを得なかったのだろうか。本当に面倒くさいやつだった。

*              *             *

 クロムベルク城の調理場は広間のように大きく、何十人もの調理師が働いている。王様や王妃様のお食事はもちろん、定期的に開かれる晩餐会の食事や、大臣や神官、近衛兵、宮廷魔法士など城に住み込みで働いているものたちの食事も作っていた。
 ミハレットは城の中では有名らしい。とても貴族が通らないような通用口を通っていても使用人たちは会釈をするばかりだ。慣れた様子で調理場に入っていくと、ひとりの体格の良い調理師が声をかけてきた。
「おや、ミハレット坊ちゃん。今日もラングリー様への差し入れですかな?」
「あぁ、そうなんだ。クロッツ菓子はあるかな?」
「それが、あいにく今きらしておりましてねぇ。まぁ材料はありますから、1刻ほどでできあがります。お部屋ででもお待ちいただければ届けさせましょう」
「いや、取りにくるよ。よろしくな」
「……え? 作るんじゃないの?」
 先ほどの掃除のように自分でやるのかとばかり思っていたリームは、ミハレットのうしろでつぶやいた。ミハレットが軽く驚いた様子でふりかえる。
「作る? 自分でか? ……あぁ、そうか。リームは料理もできるのか……なぁ、ドルマー、オレにも作れるかな?」
 どうやらミハレットにはそもそも料理を自分で作るという発想がなかったらしい。聞かれた調理師は困った顔をして片手で帽子を直しながら言った。
「いやぁ……それほど難しくはないですがね。坊ちゃんに火傷でもされたら、あっしらが怒られますからねぇ」
「じゃあ、私だけやればいいですね。ミハレット坊ちゃんはお部屋ででもお待ちいただければお届けしますよ?」
 リームがからかう調子で言うと、ミハレットはむっとした表情で首をふった。
「いやっ、オレもやる! 一番弟子として、負けてはいられないっ」
 こうして何人もの調理師に見守られながらリームとミハレットはクロッツ菓子を作り始めた。
 ミハレットの不器用さは目を見張るものがあった。卵をかき混ぜるだけでこぼしそうになる。リンゴを切る時は、どうかそれだけは代わりにやらせてくださいというドルマーに断固として譲らずに挑戦、予想通り指を切りそうになり、見守る調理師一同が息をのんだ。
「まったく、お嬢ちゃんが変なことを言いださなきゃなぁ……それにしてもお嬢ちゃん見ない顔だけど、新人かい? 随分坊ちゃんと仲が良いように見えるが」
 ミハレットが四苦八苦している間、手際良く生地作りを終わらせていたリームにドルマーが言った。
「まさか! 仲良くなんてないですよ。今日会ったばかりです。私、宮廷魔法士の弟子になりました、リームといいます」
「ほほぉ、そりゃあまた。ラングリー様が新しい弟子をとるとはね。坊ちゃんが弟子になると言いだしたときは、それはもう大変だったさ。ラングリー様は貴族にも容赦しないから、いつ坊ちゃんがやられるかと心配したもんだが、さすがに子供には手を出しづらかったようだねぇ。とうとう折れたのが1年くらい前かな。お嬢ちゃんはいったいどうやって弟子になったんだい?」
「まぁ……なりゆきで」
 フローラ姫が自分を引き取りたいなんて言わなければラングリーと出会うこともなかっただろうし、そうだとしたら『青』のひとりから直々に才能がないと断言された自分が『青』を目指すのは途方もない話だったろう。
 本当はフローラ姫やラングリーに頼るのは嫌だった。自分ひとりの力でなんとかしたい気持ちはあった。しかし、どうしても『青になるのは不可能でしょう』という言葉が頭から離れない。そして『ラングリーの弟子になれば、青になれるかもしれない』という言葉が。憧れの青の魔法監視士から言われた言葉は、重い。
 自分の矜持と夢とを天秤にかけて、リームは夢を選んだのだった。


 リンゴを混ぜ込んだ焼き菓子『クロッツ菓子』は、リームの作ったものはそれなりに形になっていたがミハレットのものはぼろぼろと崩れて菓子の形をなしていなかった。
「なんでこうなるんだ……? リームと何が違うんだ?」
 中庭の塔に戻る道すがら、ミハレットは自分の作った菓子を見てため息をついた。天然マイペースで猪突猛進なミハレットも落ち込むときは落ち込むらしい。
「でも、味はそんなに違わなかったし、いいんじゃない?」
 あまりの気の落としように思わず慰めの言葉をかけてしまうリーム。超絶不器用ながら真剣にお菓子作りに取り組んでいたのを見ていたら、馬鹿にする気にはなれなかった。面倒くさいやつですごく嫌な奴だけど、真っ直ぐなんだよなと思う。そこが某腹黒オジサンとは違うところだ。
「いやっ、師匠に食べていただくんだったら、ちゃんとしたものでないと! とりあえず、今日はリームのだけ渡してくれ。次こそはちゃんと作るからな」
 そして、こんなに真っ直ぐ慕う対象がなんでアレなんだろうと、ものすごく不思議だ。やはり魔法の技術がすべてなのだろうか。リームには分からなかった。
 ふと、塔の入口の前に人が立っているのが見えた。金髪を高い位置でひとつにまとめ、動きやすい普段着を着た若い女性――ティナだ。リームははっと息をのんだ。いつの間にか予定の時間を過ぎていたのだ。どれくらい待たせてしまっただろう。リームは塔にむかって駆けだした。
「ティナ! ごめんなさい。うっかりしてました。待ちましたか?」
 そんなリームをティナは笑顔で迎える。
「ううん、全然大丈夫よ。ちょっとラングリーに用事もあったし、問題ないわ。そっちが例のミハレットくん?」
 ラングリーから話を聞いたのだろう、追いついたミハレットを見てティナが言う。ミハレットのほうもリームに聞いた。
「リーム、この人は?」
「私が働いている雑貨屋の店主さんだよ。いつも迎えに来てもらってるの」
「初めまして、ミハレットくん。ティナ・ライヴァートよ」
「初めまして。ミハレット・エフォークだ。どうぞお見知りおきを」
 片手を胸にあてて一礼するミハレットに違和感を抱かないらしいティナは、やはりある程度貴族との付き合いに慣れているようだった。
「どうする? リーム、もう帰る? ラングリーに挨拶してからにする?」
「挨拶は別にいいんですけど、これを届けなきゃいけないんです。あと、魔法語の本も借りて帰りたいですし」
「うん。じゃあ行こうか」
 3人は塔をあがり、執務室へとやってきた。ティナがノックをして扉をあける。ラングリーは正面の机に座り何やら真剣な顔で巻物を見ていた。3人を見ると、ふっといつもの笑顔を見せたが――目が笑っていない、とリームは思った。
「おかえり、リーム、ミハレット。どうだ? 試練は乗り越えられそうか?」
「さすが師匠が選んだだけあって見込みはあると思います。ですが! まだ正式に認めるわけにはいきません!」
 あれだけやって、まだなの? リームは隣からミハレットを睨みつけたが、ミハレットは気づいていない様子だった。
「クロッツ菓子、作ってきましたよ。ミハレットがいつも差し入れしてるそうですね? どうぞ」
「おお、悪いな。なんだ、リームが自分で作ったのか? これはフローラにやったら大喜びだな。持っていってやらないと」
 リームが渡した袋から菓子を取り出して見ながら、満面の笑みで言うラングリー。その言葉をミハレットは不思議に思ったようだ。
「フローラ様に? フローラ様はそれほどクロッツ菓子がお好きでしたでしょうか」
 いけない、バレる。リームは咄嗟に思い、その隠したい事柄を自分がいまだ認めてないことには気がつかず、声をあげた。
「それじゃ、私は帰りますね! 魔法語の本、借りていきます。さぁ、ティナ、帰りましょう」
 横の机にまとめて置いてあった魔法語の本をかかえ、ティナに言う。ティナはそんなリームの懸念に気付いたのだろう、仕方がないわねというような笑みを浮かべた。
「またね、ラングリー。ミハレットくん」
 ふたりが部屋を出る直前、ラングリーが口を開いた。
「ティナ・ライヴァート殿。貴方は、これを俺に渡す意味を、本当に分かっているのですか?」
 ラングリーの表情に、いつもの飄々とした笑顔はない。真っ直ぐにティナを見ていた。一方のティナは、けろっとした笑みで小首をかしげる。
「意味も何も、あなたが必要だって言ったんじゃない。私は、あなたがそれを持つことに、何か問題があるとは思わない」
「貴方は俺を信用しすぎているのか、見くびりすぎているのか、どちらかですね」
「どちらかだったら何か問題あるの? 私は、そうは思わないってことよ」
 にっこり笑うティナとその隣で目をぱちぱちさせながら様子を見ていたリームが、淡い紫色の光に包まれた。一瞬で強さを増した光は突然ふっと消え、その後にはすでにふたりの姿はなかった。
「……師匠、あの人は、一体……?」
 ミハレットが茫然と尋ねる。ラングリーは長く息をつき、髪をかきあげた。
「気にするな。知らない方がいいことも、世の中にはあるってことだ」
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