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散らかった机の上
ライトファンタジー小説になるといいなのネタ帳&落書き帳
Admin / Write
2024/05/19 (Sun) 00:16
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2012/12/03 (Mon) 19:48
(5)名前の束縛

 結局、ティナに先日のラングリーとのやりとりの意味を聞いても、リームにはいまひとつ理解できない答えが返ってくるばかりだった。
 ティナの話をまとめると、『青』の対応を頼んだお礼と今後『青』がラングリーを調査したときの対策のために、『雑貨屋の不思議を背負える何か』を渡したらしい。
 おそらく魔法だとリームは思うのだが、つまりこの雑貨屋が奇妙な原因はティナが何か魔法を使っているせいなのだろうか。それと同じ魔法を書いた巻物をラングリーに渡したということなのだろうか。
 しかし、ラングリーの様子が只事ではなかった。いつも状況を面白がっているようなにやにや笑い(とリームには見える)を浮かべているのに、あんなに真剣なまなざしは初めて見た。これを渡す意味を分かっているのかとティナに聞いていた。ティナが思っている以上の意味が、あの巻物――あるいは魔法にはあるのだろうか。ティナは問題あるとは思わないと言っていたが……。
「リーム~! そろそろ時間じゃなーい?」
 階段下からティナの呼び声が聞こえてきて、雑貨屋2階の自室にいたリームは、はーいと大きく返事をした。
 前回ラングリーの塔へ行ってから1週間が経っていた。今回はミハレットがいないといいなぁと思いつつ、リームは魔法語教本をまとめて1階に下りた。
「お待たせしました」
「準備はできた? じゃあ、送るわよ。迎えはいつも通り4刻くらいでいいかな?」
「はい。いつもありがとうございます」
「いいのよ。魔法は減るもんじゃないしね」
 あらわれた紫色の光がリームを包み込む。呪文の詠唱無しで魔法を使えるのは、魔法具に事前に呪文を織り込んでおくからだ。ティナが身につけている魔法具は呼び鈴と連動しているイヤリングくらいだから、たぶんとてつもなく複雑な魔法があのイヤリングに込められているのだろう。
 リームの目の前が紫色の光でいっぱいになった次の瞬間には、すでに薄れつつある光の向こうには、ラングリーの塔が見えていた。

*                 *                  *

「待ってたぞ、リーム! 今日もこのオレが弟子とはなんたるかを教えてやろうっ!!」
 塔の入口をはいってすぐ、リームを出迎えたのは相変わらずやる気満々のミハレットだった。
 やっぱり、いた……。リームはうんざりしたため息をついた。もしかしたら初めてここに来たときのようにミハレットが居ない日もあるのかもしれないと、淡い期待も抱いていたが無駄だったようだ。
 なんとかミハレットと遭わないように日程を調節して魔法を教えてもらえないかとラングリーにも伝えたのだが、結局今逃げても問題は先延ばしになるばかりだろうと言われて、それは確かにその通りだったから納得せざるをえなかった。
 逃げるのではなく、ちゃんと真正面から受けて立つしかないのだ。
 魔法語教本はとりあえず1階の応接室に置いて、ミハレットに連れられるままリームは城内へ向かった。
「宮廷魔法士の弟子たるもの、それなりの知性と気品を兼ね備えてなければならない。まずは形からだ。リームの恰好は魔法士としてふさわしくない」
 意気揚々と語るミハレット。リームは庶民は魔法士にふさわしくないと言われたように感じた。これだから貴族は。皮肉をこめて言った。
「魔法の力の前では、貴族も庶民もないんじゃなかったの?」
「貴族も庶民も関係なく、魔法士らしい格好すれば皆魔法士に見えるだろう? なにより、かっこいいじゃないか!」
 師匠であるラングリーと全く同じ黒のローブを着て髪型まで似せてしまうミハレットは、全力の笑顔で断言した。かっこいいから。ふーん子供っぽいな、と、リームは思う。自分のことを棚にあげているとは気がつかない。
 城内を使用人の通用口を中心に歩いてしばらく、着いたのは衣服の繕い等をする針子の仕事場だった。十数人の女性が豪華絢爛なドレスから使用人の服まで様々な衣服に向かってそれぞれ仕事をしている。ミハレットが針子の一人と会話をすると、その針子は様々な衣服が並ぶ奥から一着の黒いローブを持ってきた。シンプルだが生地も仕立ても良い、庶民ではそうそう手に入れられないくらいのものだというのは見ただけで分かった。
「とりあえずそれっぽいのを用意してもらった。正式なローブはまた改めて仕立ててもらうといい」
「さあさあ、試着してみましょう。裾や袖なんかは、ちょちょいと直せますからね♪」
 針子が笑顔でカーテンで仕切られた試着場所を指し示す。
「ちょ、ちょっと待って。そんな高そうなローブの代金なんて払えないよっ。言ったでしょ、私はあんたとは違って普通の平民なんだからね!」
 慌てるリームに、ミハレットはさらさらと応える。
「あぁ、問題ない。これの支払いは済ませてある。気になるなら魔法士として稼ぐようになってから返してくれればいい。オレも家の名前で借りている金はそうやって返すつもりだし、雑貨屋で働いた程度では手に入れるまで時間がかかりすぎるだろ。かりにも師匠の弟子を名乗る以上、いつまでもそんな恰好では……」
「なによ、ばかにしてるの? そんな施しなんていらない!」
 ミハレットの言葉を遮り、リームはミハレットをにらみつける。孤児院にいたときも貴族が戯れに菓子などを配ることがよくあった。そもそもリームがいたピノ・ドミア神殿の孤児院は貴族からの寄付でなりたっているようなものなのだが、それでも一部貴族の上から目線の施しを嫌う孤児はリームを含め少なくなかった。
 そんなリームにミハレットは言い返すかと思いきや、軽く目をひらいたあと、少し視線を落とし静かに言った。
「気に障ったならすまない。一般市民を貶めるつもりは一切ないんだが、信じてもらえないかもしれないな……今までもそういうことはあったし」
 うってかわっての意気消沈した態度に、リームは動揺した。ミハレットは間違いなく庶民を軽んじていたし自分が不快に思うのも当然だし……でも、悪いことを言ってしまったんじゃないかという罪悪感がもやもやしてるのは何故だろう。ミハレットに同情の視線を向ける針子の存在も居心地の悪さを高める要因だ。
「え、と、あの……」
「いいんだ、オレはもう城(ここ)で学んでる。ブルダイヌ家のミハレットという名前はオレの一部で、切り離せないんだ。いくら自分で家の名を捨てたと言っても無理なんだ」
 城のどこへ行っても坊ちゃん坊ちゃんと使用人たちから呼ばれるミハレット。それは慕われていることを表わすと同時に、貴族の息子としか見てもらえないことも表わした。リームの脳裏にフローラ姫からの手紙の宛名がよぎる。可愛らしい丸文字でリーム・キーティア・ストゥルベル殿と書かれたそれを、自分の本名だと思ったことは無かった、はずだったが――。
「でも師匠が言ってくれた。家名の束縛から逃げ出すことを目的にするのは無駄なことだ、って。逆に、自分を磨くことを目的にすれば、いつのまにか自分の名が家名を越えることになる。あのブルダイヌ家の六男が魔法士をやってる、じゃなくて、あの魔法士ミハレットがブルダイヌ家の六男だ、って言われるようになる。すごいだろ? さすが師匠っ、魔法だけでなくすべてにおいて知恵深く造詣にとみ他の追随を許さないっ!!」
 何故いつも話がその方向にずれるのか。リームにはミハレットの思考回路が分からなかった。しかしミハレットの言葉は心をざわざわと波だたせた。『家名の束縛から逃げ出すことを目的にするのは無駄なことだ』――まるで自分に言われているようで。そんなことはない、私は孤児であり天涯孤独であり、どんな家とも関係がないんだ。そう言い聞かせている自分と、その姿を見ているもう一人の自分と。自分の一部は気づいている。彼女が目をそらして逃げているだけだということに。
 ――私もその名を受け入れられたなら、真っ直ぐに魔法士を目指すことだけに向かうことができるのかな――。
「つまりだな、オレのことが気に入らないのは仕方がないことだ。それとこれとは別のこと。師匠の弟子として恥ずかしくない立派な魔法士見習いになるためには、通らなければならない道なんだ!」
「そっ、そもそもあんたに道とか決められる筋合いないし……」
 ごにょごにょと反論するものの、先程の勢いはすっかり削がれてしまったリーム。
「いいから、まずは着てみろって。ほんとテンションあがるぞ。間違いない」
 結局、押し切られて、ローブを試着することになってしまった。
 つややかな黒色のローブは襟元の形が少しラングリーのものに似ている。ミハレットのもののようにそっくり同じというわけではないが。鏡にうつる自分は、いつもの灰色のワンピース姿よりも随分大人びて見えた。なんだか魔法が使えそうな感じだ。リームは口の端があがってしまうのを抑えきれずに、にやにやしている自分の姿を眺めることになった。どうせなら青色のローブにしてくれれば良かったのにと思ってしまったりして。
「ほら、似合うじゃないか! 言ったとおりだろう」
 試着室から出てきたリームに、ミハレットが声をかける。針子もよくお似合いですよと満面の笑顔だ。
「師匠と同じ黒髪だから、黒いローブが良く似合って羨ましいな」
「べっ、別に同じなんかじゃ……!」
 反射的に反論してしまって、きょとんとしたミハレットの様子から、黒髪がそんなに珍しくないことを思い出して口をつぐむ。
「と、とりあえず……ありがとう。あとでぜったい稼いで返すから」
「あぁ、そうだな。立派な魔法士になったら返してくれるといい」
 ――迎えに来たティナにどうしたのそのローブと驚かれて、顛末を話したら、ずいぶん仲良くなったねと笑われてしまった。
 別に仲良くなった訳じゃない。でも、だいぶ慣れてきたかな、と思うだけで。あとはさっさと魔法の勉強の続きを始められればいいんだけど。
 黒いローブはリームの自室の壁の目立つところにかけて、魔法の練習をするときだけ身につけることにした。

(6)〈女神のささやき〉

「あのさ、いつになったら弟子として認めてくれるの? いいかげん魔法の勉強をしたいんだけど」
 今回も塔の下で待っていたミハレットに、黒ローブを着たリームは魔法教本を応接テーブルに置きながら言う。セリフは初めて会った時から変わってないが、随分とげとげしさが無くなっていた。それを分かっているのかいないのか、ミハレットは屈託のない笑顔だ。
「そうだな、あとリームに足りないのは、師匠の素晴らしさを知らないことだ。師匠がどれだけ素晴らしい魔法士なのか分かれば、きっと青じゃなくて宮廷魔法士になりたいと思うんじゃないかな」
「それはぜったいないから」
 リームはきっぱりと即答したが、ミハレットはまるで聞こえなかったかのように塔を出て、城へとむかう。リームもしぶしぶながら後に続いた。
「今日はな、師匠が久しぶりに地下魔方陣で儀式魔法をやるらしいんだ。すごいんだぞ。塔の魔法陣の10倍くらいの大きさがあるんだ。うまく使えば、王都全体を魔法の効果内におさめることができるんだそうだ。これは見ておかなきゃ損だろ?」
 身振り手振りを交えて力説しながら歩くミハレットに適当に返事をしつつ、確かにそんなにすごい魔法だったら見てみたいとリームは思った。気にくわない腹黒宮廷魔法士だけど、その魔法の技術だけは確かなのだ。『青』も一目置く国有数の宮廷魔法士。今まで小さな魔法は見てきたが、大がかりな魔法は見たことがない。
 いつもの使用人の通路とは違う廊下を進んでいき、だんだん人気の少ない地下へと入って行く。壁や天井の装飾にまじって魔法語が刻まれているのが見てとれる。途中数カ所に衛兵が立っていたが、ミハレットの姿を見ると軽く敬礼するだけで特に何も問いただされなかった
 廊下の先に大きな扉が見えた。天井まで続く臙脂色の大きな扉は魔方陣が描かれ、取っ手もドアノブも見あたらない。ミハレットは何やら羊皮紙の切れ端を取り出すと、片手を扉にかざして読み上げた。魔法語だ。――しかし、扉はなんの反応も示さない。
「……あれ? おかしいな……。いつもはこれで開くんだが」
「発音が違うんじゃないの?」
「いや、今まで何度も開けてるんだし、合ってるはず……」
 ミハレットの持つ羊皮紙をリームは横からのぞき込む。
 その時。
 感じるはずのない猛烈な風圧を扉から感じた。いや、実際には空気は動いていない。風の圧力に似た何かの力。リームとミハレットはその力に押されて、廊下に倒れた。
「わっ!?」
「きゃっ!」
 二人の声をかき消すように、低い轟音が扉の向こうから聞こえた。地響きに城全体がきしむ。しかし、それは一瞬で終わった。すぐに扉の向こうはしんと静まりかえり、遠く廊下の上のほう、城の上層階のほうではばたばたと足音や人の騒ぎ声が聞こえてくる。
「なんだ……? 何かあったのか?」
「こ、こういうことって、よくあるの?」
「いや、初めてだ」
 ミハレットは再び羊皮紙の魔法語を読みあげる。扉の魔方陣がほのかな光を宿し、ゆっくりと扉が開いていく。
「開いた!」
 巨大な扉の向こうは、とても大きな半球状の広間だった。教会がひとつ建ってしまいそうなほど天井も高い。窓がなく、暗いはずだが、今はその広間を占める物体のおかげでぼんやりと明るかった。
 大きな魔方陣があると思われる広間の中央。見上げるほどの巨大なそれは、淡い乳白色の結晶のようだった。ちょっとした家くらいの大きさはある。水晶の原石のように柱状の結晶が放射状に並んでいる固まりで、ある一部はほのかに赤く、またある一部は青や緑に、弱い光を包んでいてとても幻想的だ。
「これは……?」
「オレも初めて見る。師匠は……師匠?」
 周囲を見回しながら、ゆっくりと進むミハレット。リームもおそるおそるそれに続く。広間に人の気配はなく、二人の足音だけが響く。巨大な結晶はただゆっくりと光を明滅させている。
 結晶を一周しても、ラングリーの姿は見あたらない。すると、結晶の中なのか? ミハレットとリームはどちらからともなく顔を見合わせて、意を決してそっと結晶に触れようとした。
「お待ちなさい」
 凛とした声が広間の入口のほうから響き、二人が振り返る。黄昏時の東空のような紫色のドレスを身にまとい、つややかにうねる黒髪を腰までおろした女性が、複数の衛兵と魔法士を従えて立っていた。優雅さと気品と恐ろしいまでの強さを秘める、クロムベルク王国を守護する黒竜の化身――。
「王妃様!?」
「ファラミアル殿下!」
 立ち尽くすリームとは違い、ミハレットは即座に膝をついて臣下の礼をとった。
「立ちなさい、ミハレット・エフォーク。久しぶりですね、リーム・キーティア」
 王妃は微笑みを浮かべてゆっくりと二人に近づいてきた。結晶を見上げて言う。
「これについて、何か聞いていますか?」
「いいえ……」
「師匠が……宮廷魔法士ラングリーが儀式魔法を行うらしいとだけ。何をするかは教えてもらっていません」
「そうですか」
 王妃は目を閉じ、そっと結晶に触れた。しばらくして目を開く。アメジストのようなその瞳は、人とは違う、瞳孔の細い竜の瞳。
「……いけない。このままでは……」
 そう言うと、王妃の周囲を黒い電光が弾けはじめた。王妃の姿を包むように広がる闇夜の黒。リームはそれに見覚えがあった。黒の固まりは大きく広がり、巨大な黒竜の姿をとるはずだ。月明かりにきらめく竜の鱗、はばたく大きな翼を今でもよく憶えている。
『シルート、二人を外へ。サルザンとバチルスも部屋を出なさい』
 耳を介さず聞こえる『声』で、王妃は魔法士と衛兵に命じる。白髪交じりの魔法士はリームとミハレットを広間の外へとうながした。
 いったい何が起こっているのだろう。王妃様が出てくるなんて夢にも思わなかった。あの地響きは城全体に響いたに違いない。一体ラングリーは何をしてしまったというのか。王妃様は何をしようとしているのか。
 ミハレットとリームが広間の外に出ると、扉がゆっくりと閉まろうとしていた。淡く光る巨大な結晶と、その横には大きな闇の固まり。竜の姿をもう一度見てみたい気持ちもあって、リームは閉まりゆく扉の隙間からじっと広間の中を凝視していた。
「大丈夫ですよ、ファラさん。あとは私がやりますね」
 その声は広間の奥、結晶のすぐそばから聞こえた。王妃のものではない、でもリームには聞き覚えがありすぎる声。その声に応じて、闇色の固まりは急速に小さくなっていく。
「ティナ!?」
 その姿を確認することなく、臙脂色の扉はリームの目の前でぴったりと閉まった。


*                 *                  *

「ご迷惑おかけしてすみません。詳しい話はあとでしますから」
「よろしくお願いしますね、ティナちゃん」
 人の姿に戻った王妃が見守る横で、不思議な雑貨屋の店主は無造作に結晶に触れた。
 触れた部分を中心に、さらさらと結晶が虹色に光る粉へと変化する。見上げるほど巨大な結晶全体が粉と化すのにそう時間はかからなかった。
 広間の中央、結晶の中心部分には、うずくまる黒色の魔法士。細い金色の杖をしっかりにぎったまま、ぴくりとも動かない。
「ちょっと、ラングリー? 無事なのは分かってんのよ。自分で欲しいって言ったんだから、責任持って身につけなさいよね」
 さくさくと虹色の粉を踏みながら、金髪の少女は魔法士に近づく。魔法士はゆっくりと顔をあげた。
「…………!」
 少女は歩みを止めた。魔法士は少女から視線をそらす。
「ティナちゃん。ラングリーはそれは優秀な魔法士です、けれどね――」
 普通の人間だということを、忘れてはいけませんよ。
「――うん。ごめん。私が悪かったわ」
「あとは任せてくださいな」
「ほんとすみません。ここは後で片付けに来ますので、一旦帰りますね」
 少女はもう一度魔法士を見ると、薄紫色の光につつまれて消えた。
 王妃は魔法士に近づく。魔法士はふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がった。
「何を見ましたか」
「『彼女』を」
「あなたが未熟なのではありません。未熟だとすればあの子が。そしてそれは罪ではなく、自然で当たり前なこと」
「……えぇ。えぇ、よく分かりました……よーく分かりましたよ、まったく酷い話だ!」
 魔法士は顔をあげ、金の杖を床に打ちつけた。ざくっと虹色の粉に杖がささる。王妃はふっと笑みをこぼした。
「大丈夫そうですね。さすがはラングリーです」
「さすがではないですよ! 王妃様、アレは俺の気が狂って暴走していたらどうするつもりだったんですかね? どうもしないんでしょうね、多少落ち込むくらいでしょうか! 俺も分かっていたつもりでしたけれど……あぁ」
 魔法士が片手で顔を覆う。その手は小刻みに震えていた。
「自分が情けない。弟子達に会わせる顔がないですね……」
「私は貴方を誇りに思います」
 王妃の言葉に、魔法士は胸に手を当てて深く一礼した。


(7)不思議な雑貨屋の不思議な店主

 日はすっかり落ちて、クロムベルク城の中庭は細い三日月の明かりに照らされるばかりだ。
 塔の執務室から中庭を見下ろしたあと、リームは自分の机に戻って魔法教本に目を落とした。
 ティナは迎えに来ないし、ラングリーも戻ってこない。地下の広間でいったい何があったのか。自分はどうすればいいのだろう。
 執務室の扉がノックされ、はっとしたリームが立ち上がると、ミハレットが布のかかったカゴを持って入ってきた。
「夕食をもらってきたぞ。師匠は今日は帰らないかもしれないなぁ。まぁ帰らない日はちょくちょくあるが、今日はおかしなことがあったから少し心配だな」
 机にカゴをおいて布をとると、焼きたての丸パンとあぶり肉、蒸してつぶしたイモ、香味オイルであえた生野菜が入っていた。
「迎えにきてないってことは、やっぱり地下魔方陣の間にいたのはリームのとこの雑貨屋の店主みたいだな」
「うん……確かにティナの声だったと思う」
「あの店主は一体何者なんだ? 王妃様と知り合いのような口ぶりだったし」
 パンをかじりながらミハレットが言う。リームも空腹に負けてもそもそと食べ始めた。パンは驚くほどふわっふわで、あぶり肉は焼きたてジューシーだが、いまひとつ美味しさを楽しめる余裕がない。
「何者も何も……ティナはティナだよ。確かに王妃様と知り合いだけど、それは王妃様と国王様が出会ったときにお手伝いしたからで」
「それって随分昔の話じゃないか。もしかして店主は竜族なのか? 王妃様と同じ?」
「さぁ……でも竜族だろうと人間だろうと同じじゃない? 王妃様だって人間の国王様とご結婚して王子様もいらっしゃるんだから」
「まぁ、そりゃあ、そういう意味では……」
「ティナは、ティナだよ」
 リームはもう一度ゆっくり言って、窓から外を眺めた。

「いやあ、すっかり遅くなったなぁ。おう、お前たち、まだ休んでなかったのか」
 ノックもなく唐突に執務室へ入ってきたのは、いつも通りの飄々とした笑顔のラングリーだった。
 魔法教本を見ながらうつらうつらしていたリームは一気に眠気が吹っ飛んだ。しかし、動いたのはミハレットのほうが先だった。
「師匠! 師匠師匠師匠ーっ!! 大丈夫だったんですか!」
 抱きつかんばかりに突進するミハレットをラングリーは慣れた様子でかわす。ミハレットはつんのめったが、こちらも慣れているのか転ばずにもちこたえた。
「はっはっは、俺様を誰だと思っているんだ? あの程度の失敗でへこたれるラングリー様じゃないさ」
 やっぱり何か失敗したんだ、と、リームは思いながら、いつもなら見てるだけで腹の立つ俺様な笑顔に、どこかほっとする自分に気がついた。
「さて、リーム。ティナ・ライヴァートの迎えがまだのようだが……」
 顔は笑顔だが声が硬い。なんとなくリームはそう思った。
「あ、あの、さっき広間にいたのって、やっぱりティ――」
 ラングリーは膝を折り、リームと視線を合わせて、真正面から見つめた。赤褐色の瞳に映る自分の表情がひどく不安げに見えて、リームは言葉を詰まらせた。
「リーム。なんとなく分かっていると思うが……ティナ・ライヴァートは非常に……なんと言うか、扱いにくい。油断していると酷い目にあう。それでもお前は、雑貨屋に帰りたいか? ミハレットのように城に住み込みで魔法を学べば、『青』になれる日もそう遠くないはずだ」
 本気で私を心配している。それが分かる低く落ち着いた声音と真っ直ぐな視線だった。しかしリームは首をふった。
「ティナが不思議なのは最初から知ってます。それでも雑貨屋で働こうって思ったんです。ティナが私を必要としないんなら仕方ないですけど、たぶんティナは誰かを必要としてるんです」
 でなければ、あんなに多彩な魔法が使えるのに店員を雇おうなんて思うだろうか? 人間じゃないかもしれないティナが人間の街で雑貨屋をやっているのは、人間を必要としているからではないだろうか。
「それがよりによってお前なんだよな……まったく、運命の女神は性格が悪い」
 ラングリーの手がリームの頬に触れる。それは見た目よりずっと大きくて温かかった。


*                 *                  *

 アメジスト色の光の向こう、汎用魔方陣の部屋の石壁しか見えない景色が水面のように揺らぎ、見慣れた街並みに置き換わる。時間は深夜。家々の明かりもほとんどなく、星明かりだけが通りを照らす。
「さぁ、俺もティナ・ライヴァートに話があるからな。たぶんまだ起きてるだろう。ほら、明かりがついた」
 雑貨屋ラヴェル・ヴィアータの店内に明かりが灯る。しかし、出迎えには出てこない。ラングリーとリームは、店の扉をくぐった。
 カウンターに腰掛けているのは、長い金髪をひとつにまとめた少女――不思議な雑貨屋ラヴェル・ヴィアータの店主、ティナ・ライヴァート。二人の姿を確認すると、少し目を見開いた。
「思ったより立ち直りが早かったね。しばらく私の顔を見られないんじゃないかと思ってた」
「はっはっは。言ったでしょう。貴方は俺を信用しすぎで見くびりすぎなんですよ」
 ラングリーの言葉にティナは少し表情を和らげる。しかしまだいつもの明るいティナとは程遠かった。
「今回のことは、ほんと私の失敗だから。ごめんなさい」
「そうでしょうとも。今後気をつけてください。そしてもうひとつ。あれを撤回するようなことはしないでくださいよ。間違いなく俺が貰ったものですからね」
「え……まだ使う気なの? あんななったのに?」
「だーかーらー、見くびりすぎって言ってんだろ? ちょっと油断してただけで、次は使いこなしてみせるさ。後悔しても遅いぞ。俺にあれを与えたのは、お前の失敗なんだからな」
 一息にそこまで言い切ると、ラングリーはティナにぴしっと人差し指をつきつけた。お得意の俺様笑顔全開で。ティナはきょとんとした表情から一転して、腹の底から笑い声をあげた。
「あははははっ! そっか、そーね! なんだ、心配しちゃったじゃん……よかった。そんな酷い失敗じゃなかった!」
「いや、そーとー酷い失敗だからな? 本当に以後注意してくださいませよ、ティナ・ライヴァート殿。じゃあ、リーム。また来週な」
 片手をあげて店を出ようとするラングリーに、ティナは何故か驚いたようだった。
「えっ、ちょ……いいの?」
「何がですか」
「その……大事な娘さんを私みたいなのに預けて」
「娘じゃないです!!」
 おとなしく様子を見守るつもりだったリームは、つい反射的に声をあげてしまって、二人の視線に居住まいを正した。
「えっと、ティナ、私は不思議な雑貨屋だって話を聞いていて、それでもここに来たんです。ティナが普通じゃないのはもう十分わかってます。でも、そんなの関係ないです。王妃様だって、竜族なのに国王様とご結婚したじゃないですか。私はティナがたとえ人間じゃなくったって、ここで働きます」
「だ、そーだ。不肖の娘だが、よろしく頼むぞ」
「だから娘じゃないってばっ!!」
 ほほえましいやりとりをするリームの手を、ティナは膝をついて両手でにぎった。
「ありがとう、リーム。あなたがうちの店に来てくれて良かった」
「私もっ、私もティナの店で働けて良かったです!」
 目尻を下げて心底嬉しそうに微笑むティナは、確かに年相応よりも随分大人びて見えた。でもやっぱり自分を必要としてくれているんだなというのは分かって、リームはティナの手をぎゅっと握りかえした。
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