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散らかった机の上
ライトファンタジー小説になるといいなのネタ帳&落書き帳
Admin / Write
2024/05/19 (Sun) 11:39
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2010/04/25 (Sun) 01:35


 そろ~とリームが雑貨屋の扉をあけると、ティナはカウンターの椅子に腰掛けて本を読んでいた。リームに気がつくと、いつも通りのけろっとした微笑みを返してくる。リームは自分が動揺して見えないか心配だった。
「リーム、どこまで買い物に行ってたの? 随分遅かったじゃない」
「ご、ごめんなさい……ちょっと、友達と話しこんじゃって」
「いや、別に急ぎの買い物じゃないからいいんだけど。なんでそんなに縮こまってるの? 怒られると思った?」
「え、えっと、うん、やっぱり遅刻は良くないし」
「さすが神殿育ちだと厳しく育てられてるのね~」
「はい……それじゃ、これ台所に置いてきますっ」
 自分でもひきつっているのが分かる笑顔で言うと、リームは荷物を裏手の台所へと置きに行った。ティナから見えない位置で、ちらりとブレスレットを確認する。特に何の変化もない。一体何を調べる魔法具なのだろう。
 リームが店内に戻ると、ティナはいつも通りリームに店番を任せて二階にあがっていった。ほっと息をつくリーム。早くこんな状況から抜け出したかった。

 もう夕方に近い時間になっていたので、すぐに夕食の時間になった。用意された食事は、予想通りの鶏肉のクリーム煮と、豆とタッタ菜のサラダ、ライ麦パンだ。
 いつも通りカウンターに並んで食べながら、それとなくティナの様子をうかがっているのだが、今のところ何か気づいている様子はなかった。ブレスレットの話題にもなったが、友達とおそろいで買ったと言ったらすぐに納得したようだ。少なくともリームにはそう見えた。
 夕食を半分ほど食べ終えた頃、トントンと店の扉を叩く音が聞こえた。もちろん表には閉店の看板を出してあり、ただでさえ訪ねる者の少ない店なのに、こんな時間の来客はリームは初めてだった。
「はい、どちらさまでしょう?」
 ティナが扉を開けるとそこには、黒い魔法士のローブを着た三十代の黒髪男性が、葡萄酒の瓶と食材の入ったカゴを持ち、とってつけたような満面の笑みで立っていた。
「やあ、ティナ・ライヴァート殿。美味しい葡萄酒が手に入ったので一杯どうですか?」
「ラングリー! どういう風のふきまわし?」
「ええっ、オジサンですか!? なんの用なんですか? 用があってもなくても帰ってください!」
 来客が宮廷魔法士ラングリーだと分かった瞬間、冷たく言い放つリームに、当のラングリーは芝居がかったため息をついた。その様子は相変わらずどこか楽しそうで、リームはそれをバカにされているように感じるのだった。
「おいおい、それはないだろう。ちゃんとリームのためにジュースも持ってきたんだぞ。フローラとばかりお茶してるんだから、たまにはお父さんとも付き合ってくれたっていいだろう」
「ゼ・ッ・タ・イ・に、嫌っ!!! 私にお父さんなんていないっ!!」
「ふぅ、難しい年頃だよなぁ。で、入れていただけますね? ティナ殿」
「ん。まぁ、とりあえずどうぞ」
 ティナが下がってラングリーを招き入れると、リームはえーっと不満の声をあげた。食事中の皿を持って、ずりずりっと椅子と一緒に少し後ずさり、ラングリーに拒否の意志をアピールする。カウンターまで進んできたラングリーは楽しげな表情でそんなリームを見やり、葡萄酒のビンと食材のカゴをカウンターの上に置くと、ぐるっと雑貨屋の店内を見回してつぶやいた。
「ふぅん、かなり古い形式の結界だな。下手に小細工してない分、無難ではあるか」
 ティナは再びカウンターの椅子に戻り、ラングリーの持ってきたカゴの中身をチェックしながら言う。
「もしかして、結界が張ってあったから様子を見に来たの? 随分暇なのねぇ」
「王妃様がいる以上、宮廷魔法士なんて半分趣味のようなものですよ。もちろん、リームの顔を見に来たって理由もあるがな」
 にっこり笑ってリームを見るラングリー。リームはつんとそっぽを向いたままだ。と、ラングリーの視線がリームが皿を持つ左手首に止まると、ラングリーは笑顔から怪訝そうな表情に一転した。
「……? なにか発動してる……か? こっちは結界と違ってかなり手の込んだ細工ですね、ティナ殿」
 その言葉にティナはきょとんと小首をかしげ、リームははっと息をのんでブレスレットを手で覆った。
「え? 何? そのブレスレットがどうかしたの?」
「ん? ティナ殿が作った魔法具ではないのですか?」
 二人の視線が、リームに重なる。蒼白な表情で凍りついたリームは、急にぽろっと大粒の涙をこぼした。
「ど、どうしたのっ、リーム!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!! ティナのためでもあるって、思ったんです!!」
「おいおい、どういうことだ?」
 ラングリーは(何故持っているのか)女物の柔らかなハンカチを取り出し、リームに差し出しながらリームが手に持つ料理を受け取った。リームはひっくひっくとしゃくりをあげながらハンカチを受け取ると、ぐしぐしと目元を拭く。そして、ブレスレットを外し、カウンターの上に置いた。
「ひっく……『青』の人から、渡されたんです。ティナの調査をするための、魔法具みたいです……」
「なるほどね。様子がおかしかったのは、そのせいだったの」
 決死の告白だったが、ティナの口調は信じられないほど軽いものだった。なーんだ、そうだったんだー、とでもいうような感じだった。
「き、気づいて、たんですか……っ?」
「んー、実はカレシでもできて隠してるのかなーと思ってた。あははっ、とんだ見当違いだったわねっ」
「……怒って、ないですか? ティナの嫌いな『青』に協力して……ティナを騙すようなまねをして」
 目を赤くしながら言うリームに、ティナは笑って答えた。
「怒るはずないじゃない。あこがれの『青』から頼まれて、悩んでくれただけで嬉しいよ。ありがとう」
 ティナは私が悩んで苦しかったこと、分かってくれるんだ。そう思うと、リームは再び涙が出てきた。
 ティナはそんなリームの頭をよしよしとなでる。姉妹というよりは母娘のようだった。
「話は大体分かったが……今の状況向こうに筒抜けだぞ? どうする?」
 いつのまにかカウンターに置かれたブレスレットを手に取り、じっくり観察していたラングリーが言った。ティナは『青』のふたりのことを思い出したのか、面倒くさそうな表情をする。
「状況って、何が伝わってるの?」
「そうだな……ちょっと待っていただけますか。今、開いてみましょう。фБлбζ=θБл・фбζθ・・・・・」
 ラングリーが流れるように呪文を紡ぐと、ブレスレットを中心に光の魔法陣が展開された。いくつもの魔法陣が歯車のように重なり合い、何千もの魔法文字が空中に連なる。ラングリーの唱える呪文に呼応して、その文字は刻々と変化していくようだった。
「……魔力の流れや使われた魔法の詳細、時空のひずみが特に目標とされてるな。実際の音声なんかも一応集めているようだが、副次的なものだろう。……おっと」
 突然、展開されていた魔法陣が端から順に消えていった。ただのブレスレットに戻った魔法具をカウンターに戻し、ラングリー半分笑いながらティナに言う。
「むこうにバレました。たぶん、ここに来ますよ。どうします?」
「ええっ!? ちょっと待ちなさいよ。どーしてくれるのっ?」
 詰め寄るティナに、ラングリーは両手をあげた。
「いや、俺がどうこうする問題じゃないと思うんですがね。ティナ殿はどうしたいのですか?」
「そりゃあ……なるべく関わりたくないのよ。『青』と。宮廷魔法士となんて一緒にいるところ見られたら……ん? ちょっと待って。これは……使えるわ」
 一転してにっこりと微笑み、ラングリーを見るティナ。逆に、ラングリーからは面白がっているような余裕の笑顔が消えた。
「な、何を企んでいらっしゃるのですか?」
「いえ、大したことじゃないのよー。ただ、せっかくここに天下の宮廷魔法士様がいらっしゃるんですからぁ? 宮廷魔法士様だったら、不可能を可能にするぐらい、得意の魔法でちょちょいのちょいよね」
「それはつまり……この雑貨屋の不思議を全て背負えと?」
「よ、ろ、し、く♪」
「待て待て。俺はただの人間だ。そんな無茶言うなら、それなりのものを用意していただかないと」
「それなりのものって何よ。欲をかくとフローラさんにあることないこと言いふらすわよ」
 やっぱりそこなんだ、と、ちょっと離れた位置から様子を見守るリームは思った。ラングリーは勘弁してください、とつぶやきながらも、はっきりと言う。
「この雑貨屋の不思議を背負えるぐらいの何か、ですよ。俺はただの人間の魔法士ですからね。万が一『青』に調査された時、ボロがでないようにしておくべきでは?」
「まぁそれはそうね……。いいわよ、考えときましょう」
「約束ですよ? では、お客様も様子をうかがっておられるようですし、さっさと終わらせますか」
 そう言って、ラングリーは雑貨屋の店の扉をあけ、姿の見えない客人に声をかけた。
「ようこそ、魔法監視士殿。良い葡萄酒があるぞ。一杯どうだ?」
 しばらくの沈黙の後、空気から溶けるように姿をあらわしたのは、鮮やかな青い正装を着たふたりの『青の魔法監視士』だった。

 

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2010/04/25 (Sun) 01:32



 コンコン、と規則正しくノックが2回鳴り、扉を開いてあらわれたのは、この屋敷に滞在している間世話になっている女中だった。
「イシュ様、ダナン様。ご夕食のお時間でございます」
「おう。――イシュ、飯だぞ。一度切り上げて出て来い」
 背が高く体格の良いダナンは、普段着を着ていると全く魔法士には見えない。隣の部屋の扉を軽く叩いてイシュを呼ぶが、部屋の中から返答はなかった。
 青の魔法監視士ふたりに用意された客間は3部屋続きになっており、イシュは昼からそのうちのひとつに閉じこもってある仕事をしていた。
 再びノックして声をかけたが、やはり無反応。鍵はもちろんご丁寧に結界まで張ってある。これはもうしばらく出てこないなと踏んだダナンは、女中に夕食を断わる旨を伝えた。あとで軽食を部屋まで運んでくれるとのことだった。
 ――それから六刻が過ぎ、すでに屋敷中が寝静まった深夜である。
 イシュはまだ、出てこない。
「おい、イシュ? 進行状況ぐらい伝えろ。イシュ?」
 確かにイシュはプライドが高いだけでなく玄人意識も同じだけ高く、ひとつの仕事に集中してしまう傾向はあったが、口先だけではないイシュの力量から考えて、これほど時間のかかる仕事ではなかったはずだ。一体何があったのか。
 ダナンは青いローブをざっとはおると、イシュの部屋の扉の前で呪文を唱えだした。青一色の無地に見えたローブに織り込まれていた魔法陣と魔法文字が浮かび上がる。魔法監視士の制服である青いローブは、魔法の杖のような役割をする魔法具なのだ。
 ダナンが結界を解除する魔法を使おうとしたその時、カチャリとその扉が開いた。
「……ふっふっふっ……私としたことが、ちょっと手間取ってしまいましたよ……」
 長い青銀色の髪をひとつにまとめ、青い正装を着たイシュが、ふらりと扉から姿を見せた。汗のにじむその表情は、いつもは疲れなど微塵も見せないイシュにしては珍しいものだった。
「イシュ、どうした。何をしていたんだ? 魔法具の調査は得意だったろ」
「えぇ、そうですとも。この天才的魔法技能を持つイシュ・サウザードに解明できない魔法具はありえません! ですから……この踊るホウキは、魔法具ではないということです……!」
 イシュの部屋の中には、細かい文字でびっしりと描かれた魔法陣と、その中央で2つに割れているホウキがあった。そのホウキは確かに手に入れた時は踊っていたのだ。
 レンラームの街へ来たのは定期巡回のためで、不思議な雑貨屋の噂を聞いたのは偶然だった。得体の知れない商品を売っているというので、おそらく変人の魔法士が面白半分で魔法具を売っているのだと思い、一言忠告をと立ち寄っただけだった。
 想像したよりかなり若い店主は、明らかに魔法監視士に対して非協力的であったが、『青』を嫌う魔法士は多くもないが少なくもない。ダナンは気にしなかったが、イシュは何か気に食わないことでもあったのか、調査をすると言いはじめたのだ。
 そして街で話を聞くうちに手に入れたのが、踊るホウキである。
 見た目はどこにでもあるごく普通のホウキで……しかし、ふとしたきっかけでくねくねと踊りだすそのホウキは、やはり遊びで作ったとしか考えられないかったが、その場でざっと見たところ魔法具に刻まれているはずの文字は見当たらなかった。まぁ魔法文字を隠す手段などいくらでもある。引き取って調べればすぐに分かるだろうと思っていたのだ……その時は。
「魔法具じゃない? じゃあ、なんなんだ。生きているホウキだとでも言うのか」
「近いですね。あれは、踊るホウキとしてこの世に作り出された……つまり、<女神ヴォルティーンのささやき>によって創り出されたとしか考えられません」
 イシュの出した答えに、ダナンはさらに表情を硬くする。
「創造属性の魔法だと……? そんなもん使えるのは、俺達や宮廷魔法士ぐらいだろ? いや、俺達にだっておいそれと扱える魔法じゃねぇ」
「ですが、間違いありませんよ。この私が調査した結果なのですから。確かに扱える者の少ない魔法ですが……人間以外の種族を考えれば、その数は増えるでしょう」
「まさか……モグリの光族か闇族か?」
 イシュはうなずいた。色濃く疲れが見える表情だったが、しかし目には得意げな光がやどっていた。
「その可能性は高いでしょう。ほら、私が言ったとおり、調査して良かったですね?」
 『青のギルド』非登録の光族や闇族は、国へ送還しなければならない。それは光族闇族が人間社会をおびやかさないために結ばれた協定だ。モグリの光族闇族を見つけ送還するのも、『青』の重要な役目だった。
「問題なのは、何故こんな手のかかる遊びを、こんなところでやっているか、ですね。何か裏があるのかもしれません」
「ちっ、面倒なことになってきたな……」
 ダナンはもう動く気配はないふたつに割れたホウキを手に取り、溜息をついた。

 

「ティナ、今度は何をしてるんですか?」
 お茶会から4日後の昼下がり、相変わらず客の来ない雑貨屋の店内で、ティナは魔法の手順が書かれた本を片手に何やら呪文を唱えていた。
「ん、ちょっと待って、ここまで完成させちゃうから」
 呪文が紡がれると共に描かれてゆく光の魔法文字は、店の壁に規則正しく並び、鎖のような紋様を描いていく。ひとつの壁に魔法をかけおわると、ティナはふぅと息をついてカウンターに腰掛けるリームに向き直った。
「結界の魔法をかけてるのよ。最近、魔法で様子を窺われてるみたいなのよね」
「また黒いノゾキ魔のオジサンですかぁ~? まったく、今度フローラ姫に言いつけてやらなきゃ!」
「うーん、まぁ誰がかけた魔法だかは分からないんだけどね、一応。それにしても、すっかりフローラさんと仲良くなったのねぇ」
「そ、そんなことないです! ぜんぜん仲良くないです!」
 リームの反応にあはははと笑いながら、ティナは結界の魔法を続けようとし、ふと気づいたように再びリームに声をかけた。
「あ、そうだ、今日もちょっと買い物行ってもらおうと思ってて。そこにメモしてあるから」
「はい、分かりました。最近、食料品ばかりですね?」
 ここしばらくは、週に1度だった買い物が2日に1度になっていた。両手にいっぱいの買い物ではなく、野菜や肉やパンなど、食料品を少しだけだ。
 考えてみれば、今まで買い物で買ってきたもの以外の材料で作られた食事が出てくることが多かったのだが、最近はそれがなく、ちゃんと買い物した材料で作られている。今までのほうがヘンだったのだ。
 やっぱり『青』が来てから変わったなぁ……。
 時々、人間じゃない証拠が見つからないかと注意してティナのことを見ていたりするリームだったが、今のところそれは見つかっていない。それが良いことなのか悪いことなのかリームには分からなかった。
「……? どうしたの? 何かキライなものでも書いてあった? 好き嫌いすると大きくなれないわよー」
「あ、ううん、そんなことないです! いってきます!」
 店を出るリームに、途中になっている呪文を維持しながら片手を振るティナ。リームには、やっぱりティナは悪いひとには思えなかった。あきらかに隠し事があるのは残念だけど、きっと理由があるのだろうと、自分に言い聞かせて――しかし、胸の中のもやもやしたものはなかなか消えなかった。

 鶏肉と菜っ葉と、ミルクと小麦粉。今日の晩御飯は鶏肉のクリーム煮かなぁと思いながら、買い物を終えたリームはリゼラー通りを雑貨屋に向かって歩いていた。
 と、ころころとリームの足元に向かって何かが転がってきた。オレンジだ。リームは特に何も考えずそれを拾って、転がってきた方向を振り返る。
「お嬢さん、私のオレンジを拾ってくださってありがとうございます。お礼といってはなんですが、この私が特別にお茶に誘ってあげましょう。良かったですね」
 シャープに着こなしたモノトーンの服の胸元に赤い花を差しているその男の笑顔には、大きくナルシストと書いてあるかのようだったが、長い青銀色の髪と無駄に自信に満ち溢れた表情は、間違いなく見覚えがあった。
「っああああ『青』のひと!?」
「こら。折角ローブを着てこなかったんだから、大声だすなよ」
 傍に居るのはラフな格好をした赤い髪の魔法監視士だ。こう見ると二人とも本当に街の若者にしか見えない。まだこの街に居たということがまず驚きだし、そして自分に声をかけてくるのも信じられなかった。
「な、なんで……」
「ナンパだ。食事に付き合ってもらおう」
「えええええ???」
「と、いう建前で、お話を聞きにきました。リーム、というそうですね、お嬢さん。雑貨屋ラヴェル・ヴィアータで働いているそうで」
「あっ……」
「立ち話はなんだ。行こうか。……ついでに、シェイグエール魔法院の話でもしてやるかな」
 シェイグエール魔法院は『青の魔法監視士』の本拠地であり、もっとも有名な魔法の学校であり、研究所でもあった。リームにとって遠い夢の地だ。あこがれの『青』にそう言われたら、ついて行かざるをえないではないか。
 『青』のふたりに案内されたのは、街の中心部にある高級料理店の小さな個室だった。貴族や一部の大商人しか出入りできないような店で、何回も城を訪れているリームとはいえ、また違った雰囲気で緊張してしまう。
 金縁の白い食器で小奇麗に盛り付けられた菓子とお茶が運ばれてきたが、リームはとても手をつけられなかった。
「遠慮せずにどうぞ。お話は後からゆっくり聞かせていただきますから」
「その言い方じゃ食えねぇだろ。嬢ちゃん、俺達は『青の魔法監視士』だ。卑怯なまねはしないし、する必要もない。安心してくれ」
「……ティナが、何か悪いことしてるんですか? 信じられません……」
「それを今調べているのですよ。お嬢さんは二月ほど前からあの雑貨屋で働いているそうですね。何かおかしな点はありませんでしたか?」
 『青』のふたりがお茶に手をつけはじめたので、リームもおそるおそるお菓子をつまみながら答えた。
「不思議な雑貨屋だって噂はきいていたので……噂通りだなーと思いました。でも、ティナはとっても良い人です。悪いことしているようには思えません」
「店に店主の知り合いが来たことはあるか? あとは、店主が誰かと連絡をとっているようなことは」
 ティナの知り合いと言われて真っ先に思い浮かんだのが王妃様のことだったが、それを言っていいものかどうか迷ってしまった。魔法監視士はあこがれの存在で正義の魔法士だけれども、こんな場所でティナについて話していると、なんだかティナや王妃様までも裏切っているような気がしてきてしまうのだ。
「……ティナのこと四六時中見ているわけじゃないので、分かりません。私に聞いても何も分からないと思いますよ。私のほうがティナのことを知りたいぐらいなんです」
「なるほど、分かりました。では、お嬢さんが知りたがっている店主の真実を知るために、これを持っていてください」
 イシュが差し出したのは、透明な石のついたシンプルなブレスレットだった。
「お嬢さんが身に着けていてくだされば、より近くで店主のことを調べられます。店に結界を張られたようなので準備しておいて良かったですよ――まぁこの私にかかれば結界なんて解除するのは容易いのですが、あまり大掛かりに魔法同士で争うのは避けたいところですから」
「ナンパされた知らない兄さんに貰ったとでも言っておけ。嬢ちゃんは魔法具だなんて思ってもみなかった、そういうことでいい」
 それでもリームがブレスレットに手を伸ばさないと、ダナンは続けて言った。
「……<小さき光>見てやろうか? 嬢ちゃんが『青』になれる可能性はどれくらいあるのか、知りたいだろう」
「ほ、ほんとですか!?」
「その代わり、ブレスレットを受け取ってくれ。別に店主をどうこうしようってわけじゃない。真実を知るためだ。『青の魔法監視士』の名にかけて、俺達は正義を行う」
 リームはダナンを真っ直ぐ見据え、イシュを同じだけ見たあと、ゆっくりとブレスレットを手に取った。
 ひんやりと冷たいブレスレットは、よく見ると金属部分にごく小さな文字が並んでいるのが見える。心が痛まないというと嘘になるが、ティナはきっと悪いことしてないし、『青』の人もそれが分かれば何もしないだろう。
「じゃ、じゃあ、いいですか? 見ててください」
 リームは大きく深呼吸を繰り返してから、緊張に震える声で小さな光を灯す魔法を唱えた。光を灯す瞬間だけなら誰にでもできる。その維持と大きさが魔力の指標になるのだ。
 リームの光は両手のひらからあふれるほど。その光が消えた後、リームは不安げなまなざしで『青』のふたりに問いかけた。
「どう……でしょう?」
「んー……」
「まぁ、魔法監視士にはなれないでしょうね」
 バッサリと、イシュが切り捨てた。
 リームは一瞬めまいを感じ、がくんと椅子から落ちるような感覚を感じた。
「いや、嬢ちゃん。イシュは魔法に関しては人一倍厳しいからな。俺は悪くないと思うぞ」
「私でしたら、ダナンを包み込んでしまえるほどの大きさの光球を楽に扱えます。こういう基本的な魔力が要求される単純な魔法は、本人の素質によるところが大きいです。つまり、訓練で伸びることはありません。お嬢さんが『青』になるのは、ほとんど無理でしょう」
 理論整然とリームに追い討ちをかけるイシュ。生気の抜けた表情のリームに、ダナンは同情の声をかけた。
「逆に言えば、複雑な魔法になればなるほど、本人の素質は関係がなくなってくるってことだ。最低限度、魔法を発動させる魔力は必要だが、嬢ちゃんには魔法士たるに必要な魔力は備わってる。あとは努力次第だ」
「ですが、それなりの規模で魔法を使おうとすれば、どれほど組み立てたとしても最終的には扱う魔力の量によってできることが違ってきますし、魔法陣を重ねる上で維持に必要な魔力を合わせていけばつまりは――」
「あー、うるせぇ。魔法オタクめ。もういいだろ。嬢ちゃん、教えてやろう。『青』になるために一番重要なのは魔法技術より何より――長に気に入られるかどうかだ」
「……それはありますね」
「だろ?」
 リームは、イシュの魔法監視士になれないという言葉以降、ショックと内容の難しさで話がほとんど頭に入ってきてなかったのだが、最後の言葉だけはなんとか理解できた。
「えっと……『青』の長に気に入られれば、私でも魔法監視士になれるんですか?」
「まぁ……そうですねぇ」
「もちろん、職務上魔法の知識と能力は絶対必要だけどな。がんばれよ。嬢ちゃんが後輩になったら、鍛えてやるからな」
「は、はい! 私、がんばります!」
 その時は元気よく返事をしたリームだったが、料理屋を出て『青』のふたりと別れ、いざ雑貨屋へ帰る段階になると、とたんに左手につけたブレスレットが重さを増したように感じた。
 大丈夫、これはティナの無実を証明するためでもあるんだ、と自分に言い聞かせるが、ティナにこれがばれたらどんな顔するだろうと考えると、悪い想像しか浮かんでこなくて。
 今更考えたってもう乗りかかった、いや乗ってしまった船なんだけれども……。重い気持ちをかかえながら、リームはゆっくりと雑貨屋へ帰っていった。

 

2010/04/25 (Sun) 01:30


 周囲のアメジスト色の光が薄れてきて、見えてきたのは壁際の棚に積まれたタルだった。
 後ろを振り返れば、そこにもタルが積まれている。左右には通路が続いており、それほど広くはない石造りの部屋だ。
「……ここ、どこ……?」
 リームが呆然とつぶやくと、ちょっと湿っぽい匂いと同時に酒の匂いがした。もしかしたら酒蔵なのかもしれない。
 アメジスト色の光が完全に消えると、あたりは真っ暗になってしまった。リームは多くの人が使える簡単な呪文を唱えて指先に光を灯す。光の維持にはコツが要るが、かりにも魔法士を目指すリームである。神殿では大人の目を盗んで練習したものだ。
 あれからティナは丸々一刻近く自分の部屋から出てこなかった。そして出てきた時には一冊の本を持っていた。
 本というよりも装丁された白紙の束といったようなもので、最初の数ページだけ手書きで文字や図形が描かれていた。ティナが自分で書き込んだものかもしれないし、そうでないかもしれない。
 聞いてみると、そのページに書かれているのは空間移動の魔法なんだそうだ。リームも興味津々で読んでみたが、公用語で書かれているはずなのに専門用語が多くて全然理解できなかった。
 その魔法を行う場所はリームの部屋になった。リームを部屋の中央に立たせ、ティナが本を見ながら呪文を唱えていくと、床に光の線で魔法陣が描かれていく。
 いつもは指の一振りでぽーんと空間移動の魔法を使うくせに、今になって本を見ながら呪文を唱えるのは、やはり『青』の存在を気にしているのだろう。いつも使っている魔法は『青』に知られたくない何かがあるのだろうか。
 これまでお茶会に送ってもらう時は、ストゥルベル城の中庭に出ていた。こんな酒蔵に出るのは初めてだ。
 扉に手をかけ押してみると鍵はかかっていないようで、リームはほっと安心した。そのまま扉を抜けて、続く階段を登ると、食料庫のような場所に出た。ここは窓があるので薄明るい。リームが指先の光球を消して、物音が聞こえるほうへ歩いていくと、大きなカゴに布をたくさん抱えた女性がいた。その女性はリームと目が合うと、リームが何か言うより先に言った。
「ん? お前、こんなところで何やってるんだい? まだエプロンを受け取ってないじゃないか。新人が遅刻するとこっぴどく叱られるよ」
「えっ、あの、私は……」
「この城は広いからね、慣れないうちはうろうろしないほうがいい。あ、ほら、エメルダーっ。この子、そっちの子だろー?」
 部屋の反対側を通りかかった別の女性に言うと、エメルダと呼ばれた女性はちょっと首をかしげながらもリームの側に来た。
「あら、今日は3人って聞いてたけど、4人だったのかしら? まぁいいわ。いくらいても足りないぐらいだもの。さ、もうみんな持ち場に分かれて仕事を始めてるわよ。あなたはそうね、西階段をお願いしようかな」
「あ、あの、ちょっ……!?」
 リームはあれよあれよと言う間にてきぱきとエメルダに連れて行かれ、大きな階段の側でエプロンとホウキを渡された。
「階段掃除の基本は上から下へ、ね。まず五階まであがってから、一段ずつ掃いて降りてきてちょうだい。目上の人が通るときは端に寄ってお辞儀をするのよ。終わる頃に私がまた来るけど、何か分からないことはある?」
「す、すみません、私は……」
 と、そこまで言ったが、リームは次の言葉が見つからなかった。
 自分は何だと言うのか。フローラ姫の……娘? いやいやいやいや、絶っ対に、そんなこと、言えない。
 じゃあ、友人? それも無理がある。年齢もあるけれど、こんな使用人以外だと微塵も疑わせない格好をしていて、信じてもらえるはずが無い。
「……いえ、なんでもないです」
 仕方なくリームはそう言ってエプロンをつけ、階段を登り始めた。まわりに誰もいなくなったら中庭を探しに行こう。やっぱり私がこんなところに来るなんて、不釣合いなんだよなぁ……。
 目線を下に落としながら階段を登っていくと、上の階からぬおぉぉぉ!?という妙な声が聞こえて、リームは何事かを顔をあげた。
 ばたばたばたと階段を降りてくるのは、緑色のローブにアミュレットをつけ長い杖を持った、どこかで見たことのある老人だった。
「りりりりリーム様!! なぁにをやっておられるのですかぁ!?」
「あ。ロデウォードさん」
 ロデウォードはリームをレンラームの街まで追いかけてきたストゥルベル家付きの老魔法士だ。追手として出会った時は気に食わないやつだったが、今は某タヌキオヤジ宮廷魔法士を敵視する点では共感が持てる相手だった。
「一体誰がこのような仕打ちを!? ストゥルベル家の次期当主となられるお方になんってことをーっ!」
「いや、違うんです。ちょっと空間移動の魔法で間違いがあって、いつもと違う場所に出ちゃって」
「ああ、おいたわしやリーム様。一刻も早くあの恐ろしい店から離れるべきですと、申し上げておりますのに」
 ティナの魔法で簡単にあしらわれてから、ロデウォードはティナのことを極端に怖がっているようだった。人間ではないとさえ言っていたこともある。大げさな言い方だとその時は思ったのだが……『青』のこともあって、ちょっと気になってきた。
「……ティナって、人間じゃないんですか?」
「えぇ、そうですとも。あの魔法の扱い方、あの魔力、人間ではありえませぬ。私どももですが、何よりフローラ様が心配しておられます、さぁ、もう今すぐにでも城に住まわれては」
「それはないです、ごめんなさい。あ、私、お茶会に呼ばれているんです。中庭はどっちですか?」
「おぉ! フローラ様とお茶会でございますか! それは早く行かなければなりませぬな。ささ、こちらでございます」
 ティナが人間じゃない、かぁ……。ロデウォードのあとに続きながらリームは思った。
 この世界には人間以外にも人間に似た種族が多数いる。王妃様のような竜族の他にも、精霊族、妖精族、光族、闇族。みんな人間は足元にもおよばぬような魔力を持つという。
 精霊族や妖精族は王都であれば少ないながらもそれなりに数がいて、リームも見たことがあるが、どんなに人間に似た姿のひとでも耳の形や肌の色などが明らかに違っていた。
 ただ王妃様を見ると、人の姿をとった竜族は人間と全く区別がつかないように見える。もしかして、ティナは竜族なのだろうか。だとすれば、王妃様と知り合いだったことも納得できる。
 そうだとしたって、別に隠さなくても、言ってくれればいいのに、と思う。街の人に隠しても、『青』に隠しても、私には言ってくれても……いいんじゃいかなって。
 姉妹みたいに思っていたのは自分だけだったのだろうか。ティナにとっては自分はただの店番に過ぎないのだろうか――。


 空はなんとか雨の雫を抱え込んでくれたようで、薄明かりの白い空の下、初夏の花々に囲まれた可愛らしいテーブルセットに、そんな中庭がとてもよく似合う可愛らしいフローラ姫が、侍女数人に囲まれて座っていた。
 毎回ながら、顔を合わせた瞬間に笑みのままぽろぽろ泣き出すのはなんとかならないものかと思ってしまう。だって嬉しいんですもの、が本人の言葉だ。それだけでなく、花が綺麗とか、小鳥が可愛いとか、何を見てもぽろぽろ涙をこぼす。涙姫の名は伊達ではなかった。
 香りの良いお茶を飲み、小さくて驚くほど美味しいお菓子を食べながら、そんなフローラ姫のお話を聞く。最初は緊張疲れをしたものだが、そろそろリームも慣れてきていた。
「それにしても、リーム。ちょっと元気がないんじゃないかしら? 何か心配事でもあるの……? うううっ、かわいそうに……っ」
「想像で泣かないでください、フローラ様。別に心配事なんて……」
 ないです、と言おうとして、一瞬ためらい、リームはお茶を一口飲んでから続けた。
「……フローラ様は、ティナのこと、何か聞いてますか? その……例えば、王妃様からとか」
 フローラ姫は侍女から受け取ったハンカチで目元を押さえつつ、ちょっと小首をかしげた。30近い年齢とは思えないほど可愛らしい。私も金髪で色白だったら良かったのにな、とリームは思ってしまった。
「そうね、リームも聞いているかもしれないけど、ファラミアル様とエイゼル様が駆け落ち状態で森に立てこもっていた頃、エイゼル様を連れ戻せる風従者を募集したそうでね、その中にティナさんがいたらしいの」
「なんですかそれ、初めて聞きました……王様と王妃様の逸話って作り話がほとんどだと思ってたけど、本当にあったことなんですね……」
「結局、説得されたのはエイゼル様ではなくて、先王だったそうよ。おかげで今のクロムベルクがあるのですから、ティナさんやその時の風従者の皆さんの功績は大きいですわね……うううっ、感動的っ……」
「んーと……ティナって……竜族なんですか?」
「あら、そうなの……? 私は人間だとばかり思っていましたけれど。確かにファラミアル様とエイゼル様のご結婚は18年前ですから、普通に考えるとティナさんの年齢はおかしいですわね」
 どう見ても本来の年齢より10歳以上若く見えるフローラ姫が言ってもあまり説得力がなかったが、確かにそのころ風従者をやっていたならティナは今少なくとも30代半ばのはずだ。
「フローラ様は……ティナが竜族だとしたら、一緒に居るのは危ないと思いますか?」
「あぶない? 何故かしら。この国は王妃様に守護されているのよ」
「……ですよねぇ」
 こと『黒竜に守護された国』クロムベルクにおいて、竜を敬う者は多くても恐れる者は少ない。その力に畏敬の念は抱くが、その力は国を守り、正しいことにふるわれるのだと心から信じているのだ。
 やっぱりロデウォードはフローラ姫が心配してるなんて嘘言ってたんだな。リームは老魔法士に対する心の中の信用ランクをぐぐっと引き下げた。
「でも、ティナさんが竜族だとしたら、隠したくなるのも当然かもしれませんわね。今でこそ王妃様のおかげで竜族のイメージは良いですけど、18年前はそれはもう大騒ぎでしたもの。王子が黒竜に食べらた~だなんて、言われてましたわ。そうそう、私はそのころちょうどリームと同じ年齢ね……うううっ、リーム、こんなに大きくなって……嬉しいわっ」
「な、泣かないでくださいってばっ」
 リームはちょっと赤面しながら、もじもじと指をくんだりほどいたりした。若くて可愛らしいフローラ姫が母親然としたことを言うのは似合わなさすぎて、恥ずかしくなってしまうのだ、きっとそうだ。
「奥方様、そろそろお時間でございます」
「まぁ、もうそんな時間なの……うううっ、もうちょっと一緒にお話したかったけど、残念だわ……また遊びにきてちょうだいねっ……」
 涙をハンカチでふきながら言うフローラ姫に、リームは子供をなだめるかのような笑顔でハイと答えるしかなかった。

 いつもはお茶会が終わる頃に迎えに来てくれるティナ。今日は果たしてちゃんと来てくれるのか心配だったが、いつもの時間通りにティナは現れた。ただし、小脇には例の本をかかえている。
「今日のお茶会は楽しかった?」
「お茶会は別に普通でした。けど、到着したのがいつもと違う場所で大変だったんですよ」
「あー、そうなんだ。ごめんごめん。帰りは気をつけるから」
 そうして本を開き、呪文を唱え始めるティナ。間近からじーっと目を凝らしてつま先から頭のてっぺんまで見てみたが、人間以外には全く見えない。
「……王妃様みたいに、空を飛んで帰らないんですか?」
 ぼそっとつぶやいてみた。
「え? 空飛んで帰りたいの? まぁ、この規模のお城なら空船ぐらいあるんじゃない? 貸してもらう?」
「ううん、そういう意味じゃなくて……別にいいんですけど」
 はぐらかしているというよりは本気でそう思っているように見えて、ティナってたまに鈍いよなぁとリームは思う。それともティナが竜族だという仮定が間違いなのだろうか。
 薄紫色の光につつまれながら、リームはなんとなくティナの服の裾をきゅっとにぎった。

 

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