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散らかった机の上
ライトファンタジー小説になるといいなのネタ帳&落書き帳
Admin / Write
2024/05/19 (Sun) 12:09
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2010/04/25 (Sun) 01:29


 空は今にも雨が降りそうな曇り空。
 午後からお茶会に呼ばれているリームは、降り出さないといいなぁと思ってしまう自分に気づいて、心の中でぶんぶんと首を横にふった。
 別にお茶会に行きたいとかそういうわけではなくて、ただ雨が降ってしまうとフローラ姫がまた泣いてしまうんじゃないかと思っただけで――いや、心配してるとかそういうわけでもなくって……。
「……? お嬢ちゃん、ほら、おつり要らないのかい?」
「あ、ああっ、ごめんなさい!」
 怪訝そうな声に、リームは慌てて果物屋のおじさんからおつりを受け取った。
 黒竜の背に乗ってお姫様に会いに行った御伽噺のような夜からひと月余り。季節は初夏にさしかかっていた。
 フローラ姫の元へ10日に1度ほどお茶会に行ったり、相変わらず意味なくのぞきに来る腹黒宮廷魔法士の小鳥を追い払ったり、ひたすら暇な雑貨屋の店番をしたり、そんな毎日だ。
 ティナから週に1度くらい頼まれるおつかいは、食料品から雑貨まで幅広く、荷物が両手いっぱいになってしまう。懲りずにお店に並べる商品を検討しているらしいのだが、結局検討したってティナの言う『独自のルート』というやつで仕入れてしまうので、常識を無視したヘンな商品が紛れてしまうのだ。本当どーにかしたほうがいいのにとリームは思う。
 今日の最後の買い物は野菜。生鮮品のお店が並ぶ通りを進むリームの耳に、ふと買い物をする女性の立ち話の声が届いた。
「……んまぁ、本当なの? 魔法監視士なんて、珍しい!」
「あたし、初めて見ましたよ。噂通りの真っ青なローブでした」
 ばさっ、と、思わず両手の荷物を取り落として振り返るリーム。魔法監視士、それは『青』の正式名称だ。
 見ず知らずの奥さんたちだったが、リームは構わず駆け寄った。
「あの! この街に『青』が来てるんですか!? どこにいるんですかっ!?」
「えっ? えぇ、そうね。確かに『青の魔法監視士』だったわ。男の人ふたりだったわよ」
「『青』の人が来る時は、領主様のお屋敷に滞在するって話だけど……まぁ私達庶民には関係のない話よねぇ」
「分かりました、ありがとうございます!」
 ぺこりとお辞儀をして駆け出そうとして、はっと我に返り道に置きっぱなしの荷物を取りに戻る。荷物を持ったあと、一瞬迷ったが、すぐに再び駆け出した――雑貨屋ではなく領主の屋敷のある方向へむかって。
 あの『青』がこの街に来ている! 一国に10人もいないと言われている魔法監視士に会える機会は本当に少ない。彼らは魔法士たちの不正を取り締まり、また地域の魔法士では対処できない事柄を解決するため、常に街を転々としているのだ。
 王都で暮らしていたリームも魔法監視士に会ったのは一度きり。ずっと目標にしている、あこがれの存在だった。

 レンラームの街の領主は中程度の貴族で、街の中心部の屋敷に住んでいる。ストゥルベルの領主が城に住んでいるのとは違って、どちらかというと大商人の屋敷に近い。
 とは言っても、やはり庶民がおいそれと近寄れるわけはなく、屋敷の周囲には広い庭、庭の周りには飾りのついた鉄柵、大きな門の前には厳つい門番が立っていた。
 息を切らせながら領主の屋敷が見えるところまできて、リームはやっと少し冷静になってきた。
 別にここに来たからといって『青』に会えるわけでもないし、運が良くて姿を見れるぐらいだろう。ものすごーく幸運に恵まれて声をかけることができたとしても、平民の子供の話なんて聞いてくれるはずがない。
 そわそわしながら屋敷を遠巻きに見るリーム。門番に睨まれている気がしたが、せっかくなので姿ぐらい見えないものかと、視線に耐えてしばらくねばった。
 ゴォーンと遠くで神殿の鐘が鳴る。――そろそろ帰らなければ、今日はお茶会の約束があるのだ。すっぽかしたら、フローラ姫の涙で池ができてしまうだろう。
 名残惜しそうに領主の屋敷を振り返りながら、リームは雑貨屋のある通りへと歩いていった。
 フローラ姫だったら『青』に知り合いもいるんだろうか。ふと思ってしまって、いや、それはぜったいダメだ、とリームは思い直す。フローラ姫を頼ってしまったら、これまで一人で生きてきた自分を全て否定してしまうような気がした。

 しかし、幸運は思わぬところからやってきた。
 雑貨屋のあるリゼラー通りへと出る小路を曲がった時、前方に鮮やかな青いローブ姿の2人組が見えたのだ。
 ひとりは赤い髪を短く切った筋肉質の男性。もうひとりはごく淡い青銀色の長い髪を下ろした線の細い男性。いつもの街の風景に全く似合わぬ異彩を放ちながら通りを歩いていた。
 そのふたりの姿を認めた瞬間、その場に硬直してしまったリームは、一気に体温が上昇するのを感じた。こんなにドキドキと心臓が早鐘を打つのは、王妃様の背に乗った時ぐらいだ。
 こんなチャンスは二度と無い。運命の女神メビウス様に感謝の祈りをつぶやき、リームは駆け出した。
「あの! 魔法監視士さんですよね!」
 声をかけられた二人は、何やら難しい話でもしていたのか、しかめていた表情を緩めてリームを見下ろした。
「なんだい、嬢ちゃん。悪いが、俺たちは個人の依頼は受けねぇんだ。困ったことがあるなら領主を通してくれ」
「握手ぐらいならしてさしあげますよ。わたくしがかの有名な魔法監視士イシュ・サウザードです。お友達に自慢できて良かったですね」
「……おい、イシュ。そんなんだから『青』ギライの人間を増やすんだぞ」
 なんだか、ちょっとイメージが違った。
 昔会った『青』の人はこんな感じだったかなぁと、幼い頃の記憶を掘り出しながら、リームは青銀色の長い髪の魔法監視士――イシュに言われるままに握手をする。
「えっと。私、ずっと『青の魔法監視士』の皆さんに憧れてて……私も、『青』になりたいと思ってるんですっ」
「そうですね。憧れるのは大変よろしいことですが、魔法監視士はわたくしのように天才的な才能にあふれる人物しかなれませんから」
「あーもうお前は喋るな。『青』の評判が落ちる」
 少々ぶっきらぼうな口調の赤い髪の魔法監視士は、イシュとリームを軽く引き離す。
「魔法監視士になりたいんだったら、まずは普通に魔法士になることだ。『青のギルド』の魔法士になれば、魔法監視士になるにはどうすればいいか分かる。……なれるなれないは別にして、夢を持つのは良いことだからな」
「私……『青』になれないですか? 才能ないですか? 素質があるかどうか、見てください!」
 リームがティナに見せた魔法を行おうとすると、赤い髪の魔法監視士が手を振ってそれを止めた。
「すまねぇが、俺達はそういう役目を負っていない。別の仕事があるから、失礼させてもらうぞ」
「さようなら、わたくしのファンのお嬢さん。四神<フォーシィ>の御加護があらんことを」
 こうしてふたりは去っていき、リームはその場に立ったまま、ひとりその背を見送っていた。
 ちょっと個性的な人たちだったけど、本物の『青の魔法監視士』と話すことができた……!
 自分が『青』になれる素質があるのか見てもらえなかったのは残念だけど、『青』になるにはまず普通の魔法士になればいいんだって直接本人から言ってもらえて、ちょっと安心したし、やる気がでてきた。
「よーし、がんばって魔法士になって、『青』になるぞー!」
 普段大人びた口調と考え方をするリームだったが、子供らしい前向きさも持ち合わせているのだった。

 

「ただいまー! ティナー、ちょっと聞いてくださいよー!」
 両手いっぱいの荷物の重さをものともせずに満面の笑みで雑貨屋に帰ってきたリームだったが、残念ながら店内にティナの姿は見えなかった。
 近頃リームが出かけているときは必ず店にいたのに珍しいことだ。
 『青』に会ったことを話したくてたまらなかったのに、リームはちょっと拍子抜けしてしまった。
「ティナー? 戻りましたよー?」
 カウンターの裏手の台所を覗くが、誰もいない。二階だろうか。リームはさっきの声で降りてこないか少し待ってから、あらためてカウンターにある呼び鈴をチリンチリンと鳴らした。
 普段ならパタパタと足音が聞こえるのだが今日はそれもなく、リームが階段の上を見上げていると、そろ~っと様子を見るようにティナが顔を出すのが見えた。
「……あ、リームか。おかえりー……」
 どことなくどころか、明らかに元気の無い声に、なんとか笑みの形を作りましたという表情でティナがゆっくり階段を降りてきた。
 『青』のことでテンションがあがっていたリームも、さすがにただごとではない様子に気づく。
「ティナ? なにかあったんですか? っていうか、絶対何かあったんですよね?」
「え、いや……別に何も無いわよー。ちょっと考え事で、頭が疲れたっていうか」
「ちょっとどころじゃなくって、悩み事で眠れなくて徹夜したような顔してますよっ」
「そうなの? やだなぁー。しっかりしなくっちゃ」
 ティナはぱんぱんっと両手で軽く自分の頬をたたくと、きゅーっと口角をひっぱって笑みの形を作った。そして、ぱっと両手を離すと、今度はより自然な笑顔でリームに言った。
「まぁ私も人間だから時には悩んだりもするんだけど、立ち直りは人一倍早いから、心配しないで。さぁ、今日の買い物はどうだった? 何かいいものはあった?」
 ティナが一体何を悩んでいるのか見当がつかなかったが、人それぞれ皆個人的な悩みを抱えているのだろうとリームは神殿育ちらしい納得の仕方をし、買ってきた荷物を出しながら自分の話を進めることにした。
「実はですね、私今日、なんと『青』に会っちゃったんです!」
「えぇっ!? リームにまで!? それで、どんな事を聞かれたのっ?」
「はぃ……?」
 あまりにも予想と違う反応をされ、さらにちょっと見たことが無いぐらい真剣な表情で聞かれて、リームは頭が真っ白になってしまった。リームのぽかんとした表情を見て、厳しい表情だったティナはあっと息をのみ、一転して失敗したな~という表情になった。
「あー、ごめん。今の無しね。そっか……リームって『青』になるのが夢だったんだっけ」
「えっとー、どういうことですか? 私が『青』に何か聞かれることがあるんですか? ……あ。」
 やっとリームは気がついた。すっかり慣れきってしまっているが、ここは街で噂の不思議な雑貨屋なのだ。魔法士を取り締まる『青』が調査に来てもおかしくない。ティナの悩みの種は『青』だったのだろうか。
「……あの、ティナ。私はティナを信じてますけど……まさか『青』に捕まるようなことしてませんよね?」
 おずおずと尋ねるリームに、ティナは視線をくるりと回して、少し考えながら困った表情で答えた。
「んー、そもそも『青の魔法監視士』って人間社会における魔法の適正利用を目指しているわけでしょ。適正って何って話になるわけよ。……少なくとも私は絶対、魔法を人の道にはずれるようなことには使ったりしてない。そりゃもう……神に誓って」
 普段信仰心が希薄な(ようにリームには見える)ティナが神に誓うなんて言葉を使うのを、リームは初めて聞いた。
 適正利用うんぬんはよく分からなかったが、ティナが魔法で犯罪をおかしているようには全く思えない。……ただちょっと、店に全然客が来ないのに収入はどこから来るのかとか、リームが店番している間ティナはどこに行っているのかとか、疑わしき点はあるのだけど……。
「…………」
「ああっ、リーム、その目は疑ってるでしょー! 今、信じてますって言ったばっかりじゃない!」
「でっ、でも! ティナは悪いことなんてしないって思いますけど! 傍から見て不審な点が多すぎるんですもん! 『青』が怪しむのも無理ないと思います!」
 リームの言葉に、ティナは深く深く溜息をついた。再び徹夜明けの疲れきった表情に戻ったようだ。
「確かにそーなのよねー……だから『青』って苦手なのよ」
「『青』の人たちもお仕事でやってるわけですから、仕方ないと思いますっ」
「んんー、なんとかやり過ごすしかないか……」
「後ろ暗いことがないなら、『青』の人に全部説明したらどうですか? それでも分かってもらえなかったんですか?」
「いや、まぁ、いろいろあって……正直私は『青』が苦手だから関わりたくないって言うか……そうね、リームが貴族になりたくないって言うのと似たような感じかな」
「えぇー? 何が一緒なのか分かりませ……あ! ティナ、今日お茶会です! 今何刻ですか?」
 『青』に出会ったことですっかり忘れていたが、今日はフローラ姫とのお茶会があるのだった。慌てるリームだったが、ティナは落ち着いて売り物の時計を確認しながら言った。
「まだ時間は大丈夫……だけど、困ったなー。ちょっと店番しててくれる? 買い物してくれた荷物はまとめて置いておいてちょうだい」
「えっ、ティナ、どこか行くんですか?」
「ううん、部屋に居るけど、何かあったら呼び鈴で呼んで」
 それだけ言って、ティナはひとり二階へとあがっていってしまった。
 こういう何をやっているのか分からないところが一番怪しまれるのになぁと残されたリームは思ったが、自分が言ってどうにかなることでもなさそうで。せっかく『青』に会えて気分が良かったのに、思わぬ心配事ができてしまったのだった。
 

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2007/10/03 (Wed) 02:14
「ねぇ、一体どうなっているの? このホウキ」
 くねくねと踊るホウキをカウンターに置いて、三角巾にエプロン姿の中年女性は言った。
「ものは試しと買ってみたけど、やっぱり噂どおりねぇ。魔法なのかしら?」
「はぁ、申し訳ないです。代金はお返ししますので……」
 店主ティナは、もはや慣れきった謝罪と返答をするが、中年女性は返金を求めているわけではないらしく。
「いえね、私はこれがどうなっているか知りたくて」
「さあ……私にも分からないです」
「あなたが店主なのでしょう?」
「ええ、私も困ってます」
「それは大変ね……」
 結局その中年女性は帰っていったが、くねくね踊るホウキは珍しいからと持って帰っていった。
「奇特な人もいるものですね、ティナ」
「うーん……そうね」
 どうもティナは不良品(?)を持っていかれたことに不満なようだった。リームとしては逆に奇妙な道具として売り物にしてしまえばいいのではないかと思うのだが、ティナは普通の雑貨屋をやりたいと言い張るのだ。
『はっはっは、この雑貨屋も先が思いやられるなぁ』
 急に聞こえてきたのは、陽気な男性の声。リームはとたんに眉をしかめた。カウンターの裏の窓辺には、地味な小鳥がとまっている。その鳥から声は聞こえるようだ。
「ティナー、のぞき魔のオジサンが用事ですってー」
『オジサンはやめるんだ、リーム……お父さんと呼べとは言わないが、せめてお兄さんと』
「年齢を考えて言ってよね、ロリコンおやじ」
『どこでそんな言葉覚えたんだ? フローラはあれでも29なんだぞ、俺と5つしか違わん』
「うっそ、フローラ様、そんな年!?」
 やっと20代にさしかかったようにしか見えない母親の年に驚愕するリーム。そんな親子のやり取りをティナは微笑ましく見守っていた。
『フローラは名前で呼ぶのか、そうか……まぁいい。今日は手紙を届けに来ただけだからな。お茶会の招待状だそうだ。ちゃんと行ってやれよ』
 小鳥は光の球へと姿を変え、一通の手紙を残して消えていった。
 家紋の付いた封筒の差出人には少し丸みのある丁寧な字でフローラの名前が書いてあった。そして表書きにはリーム・キティーア・ストゥルベル殿と書いてある。
「そんな名前だったのね、リーム」
 手紙を覗き込むティナに、リームは少し目を伏せた。
「……うん、そうみたいだよ」
 他人事のように言いつつ、胸はじんわり温かい。照れくさいけど、いやな気分とは違う。
 こういうのもいいかもしれないな。
 リームは抱いた暖かな気持ちを否定せず、手紙の封を開けたのだった。
2007/10/03 (Wed) 01:33
 雲の合間からちらちらと星がきらめく夜。
 港町ストゥルベルの高台にある領主の城に、黒く巨大な影が舞い降りた。
 魔法の明かりでそれを向かえる魔法士たち。一列に並ぶ衛兵たち。中庭は物々しい雰囲気に包まれている。
 ティナとリームがその背から降りたのを確認すると、黒き竜は闇に包まれてその形を変えた。
「王妃ファラミアル殿下とそのご友人、ご到着ーー!!」
 衛兵達の敬礼に、ファラミアルは優雅に微笑んで応えた。

「……やっぱり帰っちゃダメ?」
「何言ってんのよ~。ここまで来たんだから、顔ぐらい見ていきなよ」
 ふかふかの絨毯が敷かれた石造りの廊下を、女中に案内されながら歩いていく。
 リームにしがみつかれっぱなしのティナは相変わらずの笑顔だ。やたら仰々しい出迎えにも、城の重厚な装飾にも何の驚きも受けないようで。
「ティナって……宮廷魔法士だったんですか?」
「え、何で???」
 そのリームの質問にこそ、一番驚いたようだった。

 お召し物をご用意いたしました、と案内されたのは、衣裳部屋だった。つやつやと光る上質の布でできたドレスは、どれも繊細な刺繍のレースがふんだんにあしらわれており、街の店では見たこともない。しかし、リームは頑なに着替えを拒んだ。それが自分に似合うとは到底思えなかったし、なんだかドレスを着てしまえば貴族の世界に入ってしまうような気がしてイヤだったのだ。
 まるで女中にしか見えない姿の自分を見れば、母親だと自称する人も子供にするなんて言わないに違いない。
 そう思いながら……胸の奥は何故か重かった。

「わたくしは、別の部屋に居りますわ。リーム、緊張しなくていいのよ。いつも通りのあなたでいてちょうだい」
 女中が左右に控えた大きな扉の前。ファラは優しくリームに声をかけるが、リームは緊張の余り言葉は出ず、ただこくこくと頷くしかなかった。
「あー、私も別室にいたほうがいいのかなー?」
「ダメ! それはダメ!!」
 この上ティナにまで離れられたら不安すぎる。リームは必死の思いでティナの服を掴んだ。もうティナの服のすそは握られっぱなしでしわくちゃだ。
「わーかった、わかったから。ほら、さっさと行きましょ」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ心の準備が……」
「んなもん、いつまでたってもできないものでしょ。さ、お願い」
 ティナが女中に合図すると、目の前の扉がゆっくりと開かれた。
 リームは、どきどきと鳴る自分の心臓の音で、まわりの音がよく聞こえないほどで。
 ――部屋の中は白を基調とした家具が並び、豪華な中にもスッキリとした調和のある部屋だった。
 花が飾られたテーブルセットと柔らかそうなソファは無人。奥に続くもうひとつの部屋に、なんだか人だかりが見えた。
「ほら、行くよ」
「うぅ……」
 ティナに半ば引きずられるように部屋へ入るリーム。奥の部屋には、何人もの女中に囲まれて、床にうずくまっている女性がいた。背を向けているので顔は見えないが、流れるような金髪がごく淡い桃色のドレスに映える。
「フローラ様、リーム様がおみえになりました」
「あ……」
 女中の声に、女性は驚いたように息をのんで、そして――振り返った。
 大きく見開かれた翡翠の瞳、陶器のような白い肌は頬にほのかな赤みがさして、人形のように愛らしい。まさに貴族のお姫様というに相応しいひとだった。
 このひとが……母親? まさか、何かの間違いだ。母親どころか、結婚しているようにすら見えない。
 リームと女性が見つめあったのは、ほんの一瞬だった。
 振り返った女性は、突然、その大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼした。
「ああ……リーム、私……」
 ひっくひっくと泣きじゃくる女性。周囲の女中は慣れた様子でハンカチを何枚も準備している。
 ――ええと、どうすればいいの? リームはティナを見上げるが、ティナは意味ありげな視線を返してくるだけ。
 もう一度、女性に視線を戻す。めそめそと泣き続けるお姫様。言わなきゃ。私は貴族の子になるつもりはないって。
 口を開いて、息を吸って……でも声が出てこなくて。
 リームは――逃げ出した。
「ちょっと、リーム!?」
 ティナの声を振り払うように、驚く女中を押しのけて、部屋の外へそして城の外へと向かって駆けてゆく。
 このままもう一度逃げ出そう。私は誰の子にもならない。貴族なんて二度と関わらない。
 女性の泣き顔がよぎる。あの女性は私に何を言いたかったのだろう。泣き顔はとてもつらそうで、でもどこか嬉しそうだった。
 しかし無心に走るリームに、複雑な城の出口を見つけられるはずがなく。
「……あれ?」
 いつのまにか自分がどこにいるのか、分からなくなってしまったのだった。

         *       *       *

 雲はだんだんと晴れ、細い月が夜闇をほのかに照らしている。
 たどりついたバルコニーから空を見上げて、リームは何度目かわからない溜息をついた。
 ティナと一緒に店に帰らなくちゃ。でも、ティナはまだあの部屋にいるのだろうか。もう戻るのは……あの女性に会うのはイヤだった。
「こんなところで何をやっているんだ?」
 急に後ろから声をかけられて、リームはとっさに逃げ出そうと身構えつつ振り返る。
 そこに立っていたは黒を基調にしたローブを着た男――宮廷魔法士ラングリーだった。飄々とした笑顔に、リームは何故かほっと安心した。
「私、もう帰るんです。親だっていう貴族のひとにはもう会ったし。ティナが今どこにいるか知りませんか?」
「さーあ、俺に聞かれてもなあ。それにしても、フローラが泣きっぱなしだったぞ。まぁどちらにせよ泣くだろうことは予想してたけどな。あいつは涙姫って呼ばれるぐらい泣き虫だからな」
「……関係ないです」
 フローラというのがあの女性のことだというのは分かったが、それを自分に言われても困る、とリームは思った。ラングリーはそんなリームを見て苦笑した。
「あれが母親だとは、ちょっと信じられないだろうな。でも本当なんだぞ? 目元なんてよく似てるだろう」
「似てないです!!」
「はっはっは、まぁそう言うな。フローラだって無理やりお前を貴族にしようなんて思っちゃいないんだ。ただ、一度本人に確かめて、自分を納得させたかったんだろうよ」
「じゃあ、伝えといてください。私は貴族にはなりませんって」
「いやいや、ここまで来たんだから自分で言うんだな。せっかく俺が王妃様に頼んでご足労を願ったというのに」
「大きなお世話、とんだ迷惑です!」
「まぁ来てしまったもんは仕方ないだろう? ちょっと見てな」
 ラングリーは流れるように呪文をつむぎだした。ほうっとリームは見惚れてしまう。ラングリーの差し出した右手の上に、水面のようなゆらめく映像が現れる。花が飾られたテーブルセットは、あの部屋のものだ。
 女中に囲まれてソファーに座るフローラと、向かいの席に座るティナが見える。確かに比べてみるとフローラのほうが年上に見えるが、10も離れているようには見えない。本当に自分の母親なのか疑ってしまうのも無理はないように思う。フローラは相変わらずぐすぐすと半分泣いていた。
『でも、リームは私のことが嫌いなようだから……』
『いやあ、嫌いというよりもどうしていいか分からないだけだと思いますよ』
『でもでもっ、きっとがっかりしたわ。自分の母親がこんな頼りない泣き虫だなんて……』
 と、言いつつも再び本格的に泣き出すフローラ。女中がさっとハンカチを取り出す。ティナは肩をすくめた。
『まずは、しっかり自分の考えを伝えることですね。フローラさんは、どうしたいんですか?』
『私は……ただ一緒にお茶を飲みながらお菓子を食べたり、中庭を散歩したり、あとラングリーに花畑に連れて行ってもらったり、そういうことをしたくて……あと、謝りたくて』
 翡翠色の瞳に涙をいっぱいにためて、少女のようなお姫様は、母親の眼差しで言った。
『寂しい思いをさせてごめんなさいって。もう、お母さんだなんて呼んでもらおうとは、思ってないの。ただ、3人で仲良く一緒にいたいから』
『なるほどね……さぁ、リームはどう思う?』
 ティナの視線が、真っ直ぐリームを見た。ゆれる魔法の水面の向こう、フローラや女中がきょとんとする中、ティナはにやりと笑って腕をかるく振った。
 紫色の光がバルコニーを包む。ぐらりと浮遊するような感覚、ゆがみ、薄れる周囲の風景。次の瞬間には、リームはあの部屋に立っていた。
「リーム! ラングリー!」
 フローラが声をあげる。一緒についてきてしまったらしい宮廷魔法士は、この歩く人外魔境がと笑顔でティナに悪態をついた。
「どこらへんから聞いてたの? リーム。『頼りない泣き虫なんて』ぐらいから?」
「……いえ、『私のことが嫌いなようだから』です」
「あああああの私はその……ええと……ねぇどうしましょうラングリー?」
 慌てふためく様子に親近感を感じてしまったのは事実で。
 リームは緊張にふるえる声を振り絞って言った。
「私は……私には、親はいません。孤児として生きてきて、これからも一人で生きていきます。でも」
 ぽろぽろと涙を流しながら、じっと自分を見る若い母親を、リームも目をそらさずに見つめた。
「……お菓子を一緒に食べるぐらいなら……たまになら、ここに来てもいいです」
「あ、ありがとう……リーム」
 ひっくひっくとしゃくりをあげて泣くフローラ。照れくさくなってリームはティナに視線を移した。ティナは満面の笑みでうんうんと頷き、ふとラングリーに目を向けた。
「で。何か言うことはないの? ラングリーさん」
「ん? 俺か? いや別に……良かったなぁ、丸く収まって」
 すっとティナの目が細まる。なんだか意地の悪い微笑みだなあと、リームは思った。
「リームが孤児院に送られた理由、聞いたのよ。フローラさんが他国から婿を迎えてこの領地に引っ越す前。クロムベルク城にいたころに、すでに生まれていた子だからってね」
 話の見えないリーム、気まずそうにする女中たち、そしてフローラはまだ鼻をすすりつつも不思議そうな顔でラングリーに言った。
「あら、ラングリー、まだリームに話してなかったの? あなた先にリームに会いに行ったものだから、てっきりもう話しているのかと」
「いやほら、言い出しにくいだろう、俺の立場的にはな。ただでさえ思春期の娘は難しいって話だしなあ」
 ラングリーは頭をかく。リームは、訳ありの子供しかいないピノ・ドミア神殿という場所にいたせいで、大人の事情はなんとなく断片的に理解できた。おぼろげに話が見えてきて……しかし信じられない気持ちが強くて。
 そんなリームの心中は察せられることなく、フローラは恋する少女の微笑みで言った。
「リーム。ラングリーは、あなたのお父さんなの」
「……そういうことだ、リーム。お前がフローラと仲直りして、お父さんは嬉しいぞ。はっはっは」
 ラングリーの開き直った笑顔に、リームは驚きよりも、フローラと対面したときには吹っ飛んでいた怒りがふつふつとわいてくるのを感じた。
 ここまで黙っておいて、しかも最後まで隠し通そうとして、その一方で自分には母親にちゃんと伝えろと言ってきて!
 なんだかとってもバカにされている気がしてきた。いや、実際バカにされてるに違いないと確信した。
「あんたなんて……父親とは認めない! のぞき魔! 無責任男!」
「ほらみろ、フローラ、嫌われたじゃないか」
「あらまあ、リーム……これって反抗期なのかしら」
 何故かフローラはちょっと嬉しそうで、そのやり取りがまたリームの気に障った。まるで子供を見る夫婦のようではないか。なんだかその場に居るのがイヤになって、リームはティナに駆け寄った。
「ティナ、帰りましょう。もう用事は済みましたよね」
「えぇ? いいの?」
 くすくすと笑うティナは、事の成り行きを楽しんでいるようだ。全く人事だと思って、と、リームは思いつつも、今はこの場から去ることが優先だった。
「いいんです。どうしてもって言うならまた来ますから。宮廷魔法士のオジサンのいないときに!」
「オジサンって、リーム、お前な……」
「あーあーあー、ほらティナ、もうさっきの紫色の光のやつでいいですから、帰りましょ!」
「まー、そう言われちゃあ仕方ないわね……じゃ、王妃様によろしく伝えてちょうだい」
 ティナが手を振ると、ティナとリームのまわりを紫色の光が包み込んだ。薄れる部屋の景色の中、寄り添うフローラとラングリーの姿がリームの記憶に深く刻み込まれた。あれが、両親。王家の血を引く姫と、宮廷魔法士。まるで御伽噺だ。自分には……関係のないこと。ただ、泣き虫なフローラ姫が一緒にお茶を飲みたいって言うから、それぐらいはしてあげてもいいかなって、そう思うだけで。
 ――次の瞬間には、もう見慣れた雑貨屋の店内だった。
 竜の背に乗って、お城へ行って。夢だったらいいなって、思わないでもないリームだったが。
「本当のことなんだよ、ねぇ」
 つぶやきに予期せずティナが応じる。
「本当のことだけど、別に問題のないことでしょう。リームは、リームの好きに生きればいいのよ」
「そう、だよね……うん。明日もお店がんばりましょうね、ティナ」
 そう、何も変わらない。これまで通り、ちょっと奇妙な雑貨屋で働いていけばいいだけ。リームとティナは笑顔を交わして部屋へあがっていった。
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