2011/07/09 (Sat) 04:58
「・・・・・・ル、ルェート・・・・・・Блζ=лбζ・・・・・・」
「んー、それは多分、бζ=л」 じゃないかなぁ?」
「あ、そっか」
「そのあたり、活用が難しいよねぇ。私も昔、おぼえるの大変だったよ」
ラングリーに魔法語の本を借りてから、一ヶ月が経った。
夏の暑い盛りを乗り越えて、ようやく涼しい風が吹き始めた今日この頃。リームは休みの時も店番をしている時も、常に魔法語の本を片手に勉強していた。
相変わらず暇な雑貨屋の店内で、カウンターの椅子に腰かけて勉強しているリームを、ティナは微笑ましく見守っていた。
「魔法語と記述魔法語の違いは分かりやすいんですけど、魔法語と精霊語が似ているようで全然違うところもあったりして、ごっちゃになるんです。ティナはライゼール王国の出身だから、精霊語は小さい頃からできたんですか?」
ライゼール王国はクロムベルク王国から北の海を渡った先にある国で、精霊派<エレメンツ>が国教だったはずだった。精霊使いも多く、精霊語もずっと一般的に違いない。しかし、ティナは首をふった。
「ううん。私は田舎の村で育ったから、そもそも読み書きできる人も少なかったし、精霊使いも魔法士もほとんどいなかったの」
「そうなんですね。やっぱりティナは、魔法士になるために都会に出たんですか?」
「いや、村で唯一の魔法士だった先生に教わったんだ。でも途中でお母さんが病気になっちゃったから、治療法を探すために、見習いのまま風従者になって村を出たんだけどね」
風従者は、一定の住まいを持たず、自分の技術や資質だけを頼りに旅をして暮らす人々のことだ。いわゆる何でも屋のようなもので、浮浪者のような人から騎士のような身なりの人まで様々だ。そういえば、フローラ姫からティナは昔風従者だったらしいと話を聞いたおぼえがある。
「それで、お母さんの病気は治ったんですか?」
「うん。無事病気も治って、前よりも元気・・・・・・元気? うん、まぁ元気といえば元気になったかな」
微妙な言い回しだったが、ティナが笑顔だったので、リームは安心した。
しかし、こうティナの話を聞いていると、人間かどうか疑っていたことが完全に間違いに思えてくる。作り話めいたところはまったく感じない。
リームはついまじまじとティナを見てしまい、それに気がついたティナはちょっと勘違いしたらしく、軽く片手を振りながら言いつくろった。
「あ、大丈夫よ、ほんとに元気だから。それで、リーム、明日ラングリーのところに行くってことでいいんだよね?」
「はい。この前、魔法の鳥と話して、だいぶ魔法語おぼえたことは認めてもらいましたから。やっとこれからが本番です。なんでもフィードの感知と魔力の広げ方?をやるとか言ってました」
「あぁ・・・・・・そうなんだ。うん、まぁそうだろうね・・・・・・」
リームの言葉を聞いたティナは、何故か気まずそうな表情をした。なんとなく視線をナナメ上にさまよわせている。リームにはその理由がまったく見当つかなかった。
「なにか問題があるんですか?」
リームが率直に聞くと、ティナは表情はそのままに視線をリームに戻し、言葉を選びながら言う。
「まぁ、なんていうか・・・・・・ラングリーから聞くかもしれないけど、たまに私の周りでは魔法の力が正常に働かないかもしれないから・・・・・・習ってきても、ここで練習するのは難しいかも」
「えっと、それってどういうことですか?」
「うーん、なんだろ。伊達に不思議な雑貨屋じゃないっていうか、まぁ不思議じゃなくなるのが目標なわけだけど、現時点では難しい・・・・・・かも。まぁ、そういう魔法があるって思ってくれれば」
魔法の力が正常に働かなくなる結界のような魔法をティナが使っているということだろうか? だったらそう言ってくれればいいのにとリームは思ったが、そう言わないということはそれは正しい表現ではないのだろう。
正直まったく分からなかったが、リームはとりあえず分かりましたと答えるしかなかった。
人間のようにしか見えないのに、時々こういうところが怪しさ満点の、相変わらず正体不明な謎多き店主だった。
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